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ショートショート22自営業 家族旅行

  自営業 家族旅行
 
「はい、いらっしゃい。今日はいい白菜入ってますよぉ~! 鍋に入れたら最高! ねぎもいいよぉ~」
 父さんは大きな声で、商店街をいく人たちに声をかけていた。いつも見る光景で光男は慣れていた。学校が休みで部活もない日には、たまに店先に出て手伝うこともあった。小学生の頃は、おなじみのお客さんに
「あら、えらいわねぇ」とよくほめられたものだ。しかし、中学生になり照れくささを感じてからは、よほど忙しくないと手伝うことは減ってきた。
 母さんはお店の様子を見ながら、家事をこなしていた。毎日忙しく生活している。
 
 光男は中学二年で妹がいる。小学三年だ。五つ離れているので、よく、宿題を見てやってほしいと親に言われていた。美沙は勉強が嫌いだった。光男もそんなに好きって程じゃないけど、進路があるからやるしかなかった。帰りはどうしたって光男の方が遅くなる。美沙には、学校から帰ったら宿題やっとけとしょっちゅう言っていた。ちゃんと自分でやって終わらせていることはほとんどない。中途半端にして遊びに行くのだ。
 
「美沙! 宿題は!」母さんが言っても無視をしていくのだ。
 自分も小学生の頃は、宿題を後回しにして遊びに行っていた。だから、美沙の気持ちはよくわかる。しかし、自分のこともあるのにやってないとなるとイライラすることが多くなる。
 今日は算数のドリル1ページだった。晩ご飯のあと
「美沙。宿題やるぞ、部屋いこう」
「うん。おにいちゃんあんまりおこんないでね」
「おまえがちゃんとやればな」
 
 自分の宿題をやりながらちらちら美沙を見る。一問やっちゃぁぼーっとしてる。
「美沙、とっとやっちゃいな」
 今日の宿題は間違いが少なかった。
「ねぇおにいちゃん。うちって旅行行ったことないよね。友達が冬休みに家族旅行行くんだって。いいなぁ~」
 
 やっぱり同じこと思うんだなと思いながら聞いていた。光男も小学生の頃、まわりが休みのたびにどこそこに行ったという話を耳にするたびに、さびしい気持ちになったものだ。父さんや母さんに旅行連れてってよと何回か言ったことがあった。そのたびに
「うちは八百屋。新鮮な野菜を売るのが仕事なんだよ。毎日きてくれるお客さんもいる。休めねぇよ」と言われた。そう言われても、小学生の光男にとって『はい、そうですか』とは答えられなかった。一人で泣いた覚えもある。
 中学生の光男はあきらめもあるが、父さんと母さんが働いてくれているから、今の生活があることが理解できた。
 
「美沙。父さんと母さんが働いてくれているからいろんなものが買えるんだぞ、わかるか?」
「うん」
「でも、みんなでどっかに行きたい」
「新鮮な野菜を売るためには、遠くには行けないんだよ。腐っちゃうだろ」
「じゃぁ、近くでいいからぁ~」
 美沙の気持ちが痛いほどわかる。自分もできることなら、家族旅行というものを一度はしたいと思っている。
 
 次の日、思い切って話してみた。
「ねぇ。家族で一泊でいいから旅行に行けない?」
「おまえが小学生の頃言っただろ」
「うん。昨日美沙が近くでいいから一回家族旅行したいって言い出したんだよ。言ったよ、俺。新鮮なものをお客さんに出したいから家を空けられないんだって」
「美沙の友達も冬休み旅行するのにって、半べそだった。俺も本音は一回くらいは行きたいよ。家族の思い出がほしいよ。みんな揃った旅の写真がほしいよ」
 
「う~ん」
お父さんとお母さんは考え込んでしまった。

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