毛先の行方


私の頭には、他の人の約5倍くらい髪の毛が生えていた。

その大量の髪は大きな川の如くうねっており

いつも毛先があちらこちらに散らばっていた。


思春期は、とにかく髪の毛がコンプレックスだった。

私のポニーテールは、巨大な紙に習字を書くときに見る

人の大きさほどもある筆の毛先を連想させた。

三つ編みにすれば、しめ縄を連想させた。

思い切ってショートカットにすると

ソフトクリームのように大きく渦を巻きながら

重力に逆らって上へ上へと伸びた。


学生時代、バイト代でまずやったことは縮毛矯正だった。

初めて縮毛矯正した日のことは忘れない。

髪の毛って本当に「サラサラ」って鳴るんだ!!と

ハープやウインドチャイムを奏でるように

ずっと髪を鳴らしていた。


しかし縮毛矯正は高い。

縮毛矯正して3ヶ月もすると髪の毛が伸びてくる。

と同時に髪の分け目がどんどん盛り上がっていく。

ヤマザキパンのダブルソフトのような

ニコちゃん大王のような

不思議な髪型になっていく。

後ろに一つで縛るも、うっすら盛り上がりダブルソフト。

仕方がない。

安いところを探して行った。

ダブルソフトが落ち着いた代わりに

前髪が床と平行になり、庇のようになった。

またバイト代を貯めて次は安くない縮毛矯正へ。


自分の一部なのに、思い通りにならない髪に

戦いを挑んでは倒れ、挑んでは倒れていた。


あれから十数年。

加齢に伴い

他の人の約3倍位の毛量になり

私の頭にある大きな川は

度重なる河川工事により

所々かつての面影を残すのみとなった。


この頃には既に達観し

髪を下ろそう 髪で遊ぼう

なんて大それた野望は捨てていた。

後ろで一つに結べる長さの髪があればいい

贅沢は言わない

ただ平穏に日々が過ぎていけばいい…



そんなある日、街の人のファッションを題材にした

イラストエッセイを見ていた。

「いろんなボーダーTの着こなし」

「素敵なマダム発見」

などの見出しとともに、イラストは綺麗に彩られていて

「白いバレエシューズがまぶしい」

「帽子がおしゃれ」

とコメントもたくさん入った

見てよし、読んでよしのイラストエッセイだ。


楽しく見ていると

私に似た、ただ後ろで一つに結んだ女性が描かれていて

「たまにこういう人いるけど、毛先巻けばいいのに」

と書いてあった。



衝撃だった。

恥ずかしながら、ヘアアイロンやホットカーラーを

使ったことがなかった。

何だか難しそうだし、くせ毛なのに巻いて癖をつけるって

とにかくなんだか仕組みがよくわからなかった。

おしゃれで可愛くて髪がきれいな女子ピラミッド上位数%の人が使う

特別な美容家電の一つだと思っていた。

だから、私のような毛量でくせ毛の女には、「髪を巻く」なんて

恐れ多くて考えたこともなかった。


しかし、この「たまにこういう人いるけど、毛先巻けばいいのに」

には、(ちょっとやれば済むのに)とか(たったそれだけなのに)とか

なんというか「簡単なのに」というニュアンスが伺えた。

しかも私のような髪の毛の女性を見て

そういう感想を誰かが抱いていたとは知る由もなかった。



とうとう私は買った。

カールアイロン 32cm。

使い方はyoutubeで「髪 巻き方 アイロン」などと検索し

おしゃれで可愛くて髪がきれいな女子ピラミッド上位数%の人が

親切に教えてくれる動画を何度も見てマスターした。


毛量やくせ毛は随分改善したのに

自分の髪がずっと垢抜けない理由が初めてわかった。

毛先だった。


今は毎朝髪を巻いている。

外に出て、道行く女性の後ろ姿を見る。

年齢関係なく、殆どの毛先がクルンと巻かれている。

この人も、朝巻いたんだな、あの一連の作業をやってきたんだな

と思うと、なんだか愛おしくなり、勝手に親近感を覚えるのであった。


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