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ジョアン・ジルベルトガイド⑰/イン・トーキョー In Tokyo 2004年

・コンバンワ

2003年9月、ジョアン・ジルベルトは初めての来日公演を行う。公演は東京国際フォーラムと横浜パシフィコの二ヶ所の計4日間。
この公演で語り継がれている20分間のフリーズは流石にこのアルバムには収録されていないが、この公演を見た人たちの間で話題となっていた。
(翌年の2回目の来日の際には更に長い時間、拍手の中フリーズしていた。)当時の様子は中原仁さんのブログに綴られているのでこちらを参照して欲しい。

パンフレットにも書かれているが、異例なことにこのライブが終わった直後にジョアンから、録音したものをリリースしたいという話が持ちかけられリリースされることになった。「言葉にできないもの(metafísico=形而上的、メタフィジカル)を感じる」というジョアンのコメント通り、ほかのライブにはない静寂を感じさせる。

・収録曲について

殆どの曲がそれまでのライブで披露されているが、珍しいのがジョビンのLigia。
⑩のスタン・ゲッツとのアルバムでスタジオレコーディングされていたが、別の曲かと思うほど演奏が様変わりしている。ワンコーラスごとに歌の入り方が変わり、ジョアンの即興表現がよく分かる一曲となっている。

Doraliceでは「Agora amor, Doralice meu bem Como é que nós vamos fazer?」の部分(Gmaj7-Gm6-F#m7-B7♭9/F#-Em7-A7#9-D/F# Ⅳ-Ⅳm-Ⅲm-Ⅵ7-Ⅱm-Ⅴ-Ⅰ)がアンティシペイション及びシンコペーションの連続に変わっている。
Pra Quê Discutir Com Madame?でも同様な表現で演奏されており、モントルーでのライブと東京でのライブを比較すると異なる演奏をしている。
この連続する演奏法は70年代以前には見られない。
下記の譜面を参照していただきたい。

譜例1 In TokyoでのDoraliceの演奏

譜例2 Getz/Gilberto’76でのDoraliceの演奏

In Tokyoでは休符が多い演奏だが、ここに歌が入ることで不安定な緊張感が醸し出される。

一方先のLigiaの様に、歌が入るタイミングのズレによる拡縮は、あらゆる所で聴くことが出来る。
Rosa Morenaの「Deixa da lado esta pose Vem pro samba, vem sambar Que o pessoal tá cansado De esperar」の箇所を見てみよう。黒の音符部分がズレを認識できる箇所である。

譜例3 上段が2回目、下段が3回目のメロディ譜

譜例4 該当箇所のアップ

4小節目の入り方が異なるが、7小節目のRosaの部分で同じタイミングに戻っている。

譜例5 歌詞をもとに分割すると以下の様になる。

Aの部分のメロディの拡縮でBのタイミングが変わり、Cでもとのメロディに戻る。Cは上下段とも同じタイミングで歌われている。

これは一部の例であるが、崩したメロディの拡縮がワンコーラスの中の一部で即興で行なわれ、繰り返しの中で曲の表情が都度変化していく。
これが90年代以降のジョアンのスタイルのひとつである。1976年のThe best of two worlds辺りで、この即興の元になる歌い方を聴くことが出来るが、スタイルとして確立されるのは90年代以降である。

ヴィオラォンの弾き方にも変化があり、80年代までは右手の爪引き方は比較的均等に行われているが、90年代以降は爪引き方のタイミングをほんの僅かにズラす演奏が挟まれる事でより和音が強調されている。

些細な変化かも知れないが、こう言った変化を経た表現の頂点がこのIn Tokyoでのパフォーマンスでありその記録である。

ブラジル3部作からGetz/Gilbertoまでは伸びやかな歌と手数の多いのヴィオラォンの演奏、En Mexicoから比較的手数は減り歌の入り方に変化が見られる。スタン・ゲッツとの共演で即興を意識する様になる。80年代はソリッドな演奏と歌の入り方の模索を行い、90年代以降はよりヴィオラォンの音を減らしつつ歌とヴィオラォンの関係をより深い位置まで到達させていた。手を抜くと言うよりも、歌とヴィオラォンの関係がより密接に変化し、時に歌がリズムを取り、ヴィオラォンがその間を舞う様に演奏される。歌の間を活かしつつ、ヴィオラォンの入り方を変え、繰り返すことで一回の演奏の中で細かい変化を加えるように即興を行う。
そう言ったワンコーラスごとに異なる即興を行なったのが90年代以降のジョアンのスタイルだったと言える。

実際のライブではIn Tokyoでのオンマイクによるジョアンの近い音像とは異なり、会場の残響音がより深く鳴っており、最上のリラクゼーション空間が演出されていた。出音がここまで心地よいライブはほかに経験がないほど素晴らしい音響空間だった。

CDではその部分を追体験出来ないため、実際に経験頂きたいがジョアンはすでにライブを行なっていないため触れることが不可能なのは至極残念である。

「静寂を凌駕するのはジョアン」というカエターノの言葉をもっとも表したのはこのアルバムである。静けさの中にクールな情熱を刻印した名演である。

In Tokyo

1. Acontece Que Eu Sou Baiano(Dorival Caymmi)
2. Meditação(Tom Jobim, Newton Mendonça)
3. Doralice(António Almeida,Dorival Caymmi)
4. Corcovado(Tom Jobim)
5. Este Seu Olhar(Tom Jobim)
6. Isto Aqui O Que É?(Ary Barroso)
7. Wave(Tom Jobim)
8. Pra Quê Discutir Com Madame?(Haroldo Barbosa, Janet De Almeida)
9. Lígia(Tom Jobim)
10. Louco(Henrique De Almeida, Wilson Batista)
11. Bolinha De Papel(Geraldo Pereira)
12. Rosa Morena(Dorival Caymmi)
13. Adeus América(Geraldo Jacques, Haroldo Barbosa)
14. Preconceito(Marino Pinto, Wilson Batista)
15. Aos Pés Da Cruz(Marino Pinto, Zé Da Zilda)


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