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ジョアン・ジルベルトガイド⑯/声とギター Voz é Violão 2000年

・70歳手前で成し得た到達点

2000年、ジョアンは古巣ヴァーヴから約10年ぶりにアルバムをリリースする。翌年このアルバムは2001年グラミーのワールド部門を受賞することになる。今回はカエターノ・ヴェローゾをプロデューサーに迎え、タイトルの通り装飾のないジョアンの歌とヴィオラォンのみのレコーディングとなった。
90年代のライブを通じてジョアンのテクニックよりは深化しており、無駄を削ぎ落としたバチーダが展開されている。ワンコーラスを繰り返すスタイルは1973年の三月の水や、ライブで聴くことは出来たが、今回は繰り返すごとに歌のタイミングやコードに変化が現れていて、90年代にライブで築き上げた演奏方法がそれらのベースになっている。
70歳前という年齢からくる衰えは声に現れており、以前のような声は出なくなってしまっている。所々声が出切らないためか、音程もやや不安定な箇所もあり、重ねた年齢をダイレクトに反映させた作品となった。
ところでジョアンといえば音痴という風潮があるが、私はそうは思っていない。たしかに90年代のライブやここでの歌は、よる年波からくる不安定さはあるものの、かつてのレコーディングでの歌についてはピッチは外れることなく正確に音を捉えている。
絶対音感があると言われることもあるが、優れた音感は持っているが絶対音感は持ち合わせていないと考えられる。ライブでは必ず導入部にⅡ-V7を加えてから歌に入るため、キーを確認しているのがうかがえる。
このアルバムは大きく分けて2種類の表現が記録されている。
新たに録音された6曲と既発の再録音の4曲。
新たに録音された曲たちは、この時点でのジョアンの新たな表現がパッケージされており、時とともに到達した2000年のジョアンの表現がここに収められている。
もう一方の再録音については、飾りのない表現に老いを受け入れつつ、あるがままの自分を受け入れている潔さを感じさせる。

・O Mitoにまつわる話

中原仁さんによるライナーにある通り、このアルバムVoz e vioãoでブラジル時代のChega de saudadeとDesafinadoが選曲されたのは、簡単に聴けなくなっていた状況があったと思われる。2000年当時この2曲が収録された初期3作と黒いオルフェepは廃盤のため入手が困難となっていた。
これらが廃盤となった原因は1988年にリリースされた初期アルバムを一枚にコンパイルしたO Mito(後にアメリカ、日本でもThe Legendary João GilbertoとしてCDでリリース)にてO nosso amorとA felicidadeが編集で纏められてしまったこと、疑似ステレオで深いリヴァーブに包まれたオリジナルとは異なるミックスになっていること、Maria ninguemでのテープスピード落ちなど問題が山積された状態でリリースされ、ジョアンが不服を申し出、裁判を起こし廃盤に追い込んだという経緯があった。(その後、ネオアコの総本山èlレーベルからリイシューされMaria ninguemのテープ不良は改善されている。現在は版権切れなのかあらゆるレーベルから乱発されている状態。数年前にオリジナルマスターテープがブラジルで発見されたため、ちゃんとしたリマスターのリリースが望まれる)
そういった経緯がありこの2曲が選曲されていると考えられる。(ジョアンがこの様な理由だとコメントしていた記憶があるが、ソースが見つからなかった)。特にこの2曲は初期の曲ということもあり、ジョアンの老いと円熟味を味わえる。

※2019/8/21追記

ラティーナ9月号に初期三枚について宮田茂樹氏による知られざる舞台裏が記されていた。詳細は是非とも紙面を手にとって読んで頂きたいのだが、今まで知ることが出来なかった驚愕の事実がそこにあった。
「O Mito」を巡る裁判が2014年に判決は出たものの解決には至らず半端な状態で終わったが、権利を取り戻したジョアンから、宮田氏に三枚のリイシューを手伝って欲しいと直接打診があった。当時マスターテープは発見される前だったため、状態の良いアナログを探し出し、盤起こしで新たなマスター製作を行っていたという。
その後マスターテープが発見されたあと、実はリマスター作業も行われているどころかすでに完了し、いつでもリリースは出来る状態という驚愕の事実が記されていた。
今現在もリリースされておらず、金銭面で解決できていない壁が遮っているため、出す目処が立っていない状態が続いているという事だという。
数々あるジョアンの伝説がここでもなお、まだ終わる事なく続いているのがなんとも悩ましい。
いち早く解決する事を祈るばかりである。

・収録曲について

カエターノ・ヴェローゾによるDesde Que O Samba É Sambaは、1993年にジルベルト・ジルとの連名によるアルバムTropicalia 2に収録された曲。
ここでのジョアンは途中アンティシペイションを繰り返すテクニックを披露している。

ジョビンのVocê vai verは1980年のアルバムTerra Brasiliaに収録された曲。エンディングのコードワークも見事。

Não vou pra casaはアントニオ・アウメイダとホベルト・ホベルチによる楽曲。ライブでも演奏されていた。

カエターノ・ヴェローゾによるCoração vagabundoは1967年にガル・コスタとの連名でリリースしたDomingoから。原曲のリズムはマルシャだが、ジョアンは通常のバチーダで演奏している。

Da cor do pecadoはボロローによる楽曲。この曲もライブで演奏されていたもの。個人的にこのアルバムではベストの一曲。

Segredoはエリヴェウト・マルチンスとマリーノ・ピントによる楽曲。

・Voz é vioão(2000)

1 Desde Que O Samba É Samba(Caetano Veloso)
2 Você Vai Ver(Tom Jobim)
3 Eclipse(Lecuona)
4 Não Vou Pro Casa(Antonio Almeida*,Roberto Roberti)
5 Desafinado(Tom Jobim*, Newton Mendonça)
6 Eu Vim Da Bahia(Gilberto Gil)
7 Coração Vagabundo(Caetano Veloso)
8 Da Cor Do Pecado(Bororó)
9 Segredo(Herivelto Martins, Marino Pinto)
10 Chega De Saudade(Tom Jobim, Vinícius de Moraes)


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