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トリップホップから紐解くRadiohead〜The BendsからKid Aの間にあるもの

※有料にしていますが全文読めます。

「俺たちがやりたかったのはこれだった」
トム・ヨークがポーティスヘッドを聴いた時、今まさに自分達が目指している音がそこにあった。レディオヘッドのディスコグラフィーだけを単純に追って行くと、ロックバンドとして捉えているだけでは見えてこない部分がある。特に90年代にイギリスを中心にブームとなったトリップホップ、またはアブストラクトヒップホップやダウンテンポと言われるジャンル側から音を聴き比べることで、The BendsからOK Computer、そしてKid AとAmnesiacへ至る”彼らがやりたかったこと”が見えてくる。

ここではひとつひとつ拾い始めるとキリがないので、ポーティスヘッド以降の欧米のシーンで、レディオヘッドに繋がる物だけピックアップしました。特に過去の音楽、ノイ!(トム・ヨークがCDにコメントを寄せていた)やカンなどのクラウトロック、スティーヴ・ライヒやフィリップ・グラス、ペンデレツキなどの現代音楽、チャールズ・ミンガスなどのジャズは意図的に省きました。あくまでもポーティスヘッドを起点にしたトリップホップシーンと、同時代のポストロック/エレクトロニカの代表的なものを掻い摘んで紹介します。抜け落ちるものも多数ありますが、トリップホップ、ポストロック、エレクトロニカの3軸で相互に関わりのあるものだけセレクトしたと思っていただければと思います。

主な関連作品一覧

1994/8 Portishead/Dummy
1994/9 Massive Attack/Protection
1995/2 Tricky/Maxinquaye
1995/3 Radiohead/The Bends
1995/6 Bjork/Post
1995/9 VA/The Help Album
1996/1 Radiohead/Talk Show Host(Street Spirit EP)
1996/1 Tortoise/Millions Now Living Will Never Die
1996/2 Nearly God(Tricky)/Nearly God
1996/3 Stereolab/Emperor Tomato Ketchup
1996/5 EBTG/Walking Wounded
1996/9 DJ Shadow/Endtroducing.....
1996/11 Aphex Twin/Richard D James
1997/3 Portishead/Portishead
1997/6 Radiohead/OK Computer
1997/9 Bjork/Homogenic
1997/9 Stereolab/Dots and loops
1998/3 Tortoise/TNT
1998/4 Massive Attack/Mezzanine
1998/4 Boads of Canada Music Has the Right to Children
1998/7 Autechre/LP5
1998/8 Unkle/Psyence Fiction(Rabbit in your headlights)
1998/11 Pastels/Illuminati
1999/6 Oval/Szenariodisk
1999/9 Mouse on mars/Niun Niggung
1999/9 Stereolab/Cobra and Phases Group Play Voltage in the Milky Night
2000/1 VA/Clicks + Cuts
2000/9 Bjork/Selma songs
2000/9 Radiohead/Kid A

2001/1 Oval/Ovalcommers
2001/7 Radiohead/Amnesiac
2001/8 Bjork/Vespatine

トリップホップ/アブストラクトヒップホップ

始まりはブリストル出身のマッシヴアタックのファーストアルバムBlue Linesからで、サウンドの特徴は80年代以降のUKソウル/UKダブ&レゲエをベースにヒップホップやロック、ジャズがハイブリッドされたジャンル。ブームの期間は大体1991から90年代末まで。90年代後半から00年代初頭のエレクトロニカ/フォークトロニカにも影響は続きます。
94年にリリースされたポーティスヘッドのファーストアルバムDummyがイギリスだけでなく、アメリカや諸外国でヒットしたことから世界的なブームとなりました。彼らのサウンドは60年代のサウンドトラックの様な上物と、ヒップホップのドラムが合わさったものです。90年代当時はロックリスナーだけでなく、ヒップホップ界隈でも受けれられていました。アブストラクト(抽象的な)ヒップホップというジャンル名も、サウンドはヒップホップで歌物というところから取られていると思います。

レディオヘッドがポーティスヘッドに触れたのは恐らくThe Bendsのレコーディング中と考えられます。The BendsにはPlanet Telexの様に打ち込みに寄せた作品はありますが、直接的な影響はその後96年にリリースしたStreet SpiritのEPに収録されているTalk Show Hostに顕著に現れています。ネリー・フーパーが音楽を監修し、同年公開されたロミオ+ジュリエットのサントラにはTalk Show Hostのフーパーミックスが収録されていました。

マッシヴアタックの母体となったワイルドバンチのメンバーだったネリー・フーパーはシーンのキーパーソンで、95年のビョークのPostにも参加しています。

90年代のビョークはレディオヘッドと歩調が合う事が多く、サウンドは異なりますが影響元はかなり近いところにいました。ビョークの方がよりクラブミュージックへのアプローチが盛んで、トリッキーやハウイーB、ゴールディーと言った面々から、ブラジルのエウミール・デオダートをアレンジャーに起用したりとシーンの旬な面子を集めるのは今尚続いています。ビョークのVespatineとレディオヘッドのAmnesiacで両者はエレクトロニカという土俵で最接近しますが、サウンドに対するアプローチの違いを聴くと両者の違いがわかると思います。
トリップホップ/アブストラクトヒップホップ界隈ではモワックスレーベルからリリースされた、DJシャドウのEndtroducing.....もエポックメイキングなアルバムで、Midnight in a perfect worldでのダウンテンポのピッチを落としたドラムと、幽玄なフェイザーがかかったエレピとボーカルが印象的でした。

DJシャドウとの繋がりは、98年のモワックスレーベルのオーナーであるジェイムス・ラヴェルによるユニット、アンクルでトム・ヨークと共作しています。Rabbit in your headlightsはOK ComputerからKid Aの流れの中で重要な一曲で、その後のAmnesiacのPyramid Songの原型とも言えます。この曲でトリップホップ/アブストラクトヒップホップとコミットし、表現を形にしたことでKid Aに繋がる足がかりを手にしたとも考えられます。レディオヘッドだけを聴いていると抜け落ちる一曲です。

少し時間を戻すと、1995年にリリースされたボスニアヘルツェゴビナの子供救済のために作られたコンピレーションアルバム、ヘルプも当時のイギリスシーンを振り返る時に重要な一枚です。オアシス、ブラー、スウェードと言ったブリットポップ勢とマッシヴアタック、ポーティスヘッドと言ったトリップホップ/アブストラクトヒップホップ勢、オービタルやジ・オーブ、ケミカル・ブラザーズらクラブミュージック勢が参加したアルバムで、当時シーンの中で交わることがなかった面々のなかにレディオヘッドが参加しています。

ブリットポップの内情を描いたドキュメンタリー映画リヴ・フォーエバーで、マッシヴアタックのメンバーが「ブリットポップシーンとは全く関わりがなかった」というコメントがある様に、同時代のイギリスでもシーンを横断する様な関わりは少なく、その状況下で一丸となったこのコンピレーションは90年代のブリットポップを含むイギリスのシーン全体のピークなのは間違い無いと思います。時系列ではオアシスのMorning Gloryのリリースひと月前に当たります。

ここまで紹介したトリップホップ/アブストラクトヒップホップラインはレディオヘッドだけでなく、後のゴリラズへの影響も大きいと思います。現在のシーンで言えばザ・エックス・エックスやFKAツイッグス、ジ・インターネットにも繋がる部分でもあるので、そう言った視点で捉えると広がっていくと思います。

ポストロック

ポストロックの始まりはスリントやシュリンプボート、ヘルメットなどが母体になっていると思いますが、96年リリースのトータスのMillions Now Living Will Never Dieが世界的にヒットした事で広まりました。

ポストロックというと現在ではほぼマスロックと同義になってしまっていますが、本来はUSハードコアシーンから出てきたミュージシャンがテンポを落とし、叙情的なサウンドでジャズなどロック以外の音楽を内包するムーブメントでした。シカゴのトータスに限って言えばポストプロダクション的なライブ録音したものを再編集するイギリスのディス・ヒートからの影響が強く、ジャズやダブ、ミニマルミュージック、ブラジル音楽も内包したものでした。特にアルバムTNTで取り入れたポストプロダクションの方法は今では当たり前になっていますが、Kid Aに影響を与えている一枚だと考えられます。
この流れにいち早く取り入れたのがステレオラブとブラー。ステレオラブはトータスのジョン・マッケンタイアをプロデューサーに迎えてアルバムを作ります。

シカゴのポストロックシーンはイギリスからの影響が顕著で、シー&ケイクのサム・プレコップのソロはネオアコの進化系の様なアルバムをリリースしています。The Companyという曲はネオアコなサウンドでミニマルな表現をした名曲です。

イギリスではパステルズがリミックスアルバムにシカゴのジョン・マッケンタイアとジム・オルークを起用していて、ポストロックとイギリスのシーンが最接近した一枚でもありました。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのリミックスも話題でした。

ポストロックシーンのピークはステレオラブのCobra and Phases Group Play Voltage in the Milky Nightで、当時のタワーレコードのシカゴチャートでトップ10に入るなど局地的な人気はありましたが、ここから下火になっていきます。

エレクトロニカ

エレクトロニカは後日別で書き記そうと思っているので、ここでは簡単に振り返りたいと思います。エレクトロと混同している人が多いと思いますが、本来のエレクトロニカはノイズと現代音楽とテクノ/ハウス/トリップホップ/アブストラクトヒップホップがないまぜになったムーブメントです。シーンが形成されたのはいくつかの要因があります。アップルのマッキントッシュパワーブックが低価格化した事。ソフトウェアの低価格化によるDTMブーム。それらよるテクノ/ハウスに影響を受けた人々が作家性の高い音楽を作り出した事。この三つが主な発端です。
ミュージシャンで言えばアルヴァノトやオヴァル、パンソニックの様なノイズの新たな表現、ヤン・イエリネックの様なクリックハウス、ジム・オルークの様な現代音楽サイドのノイズ、フェネスのSSW的な雰囲気を持つ叙情的なノイズが挙げられます。グルシアのニカコイやドイツのヴェクセル・ガーランドの様にトリップホップ/アブストラクトヒップホップの影響が色濃いものもありますが、厳密に言えばエレクトロニカとは毛色が若干異なります。

純粋なエレクトロニカはソフトウェアを使用したノイズ生成によるミニマルや、サウンドファイルのループを使った楽譜上の4/4のリズム体型に縛られない時間軸を持った音楽が該当します。前者はアルヴァノトやパンソニック、ヤン・イエリネック、後者はオヴァルがそれに当たります。

レディオヘッドへの影響で一番強いのはオウテカで、Idiotequeでやりたかったのはこのサウンドではないかと思います。

面白いのがKid Aではエレクトロニカの要素はほとんどなく、ポストロックの範疇に収まるものばかりで、Amnesiacでエレクトロニカの要素が登場します。この辺りは商業的自殺と言われたKid Aを先に持ってきて、同時期に録音されたAmnesiacを後に持ってきたことでポストロックからエレクトロニカという順序を踏んでいたのが垣間見れます。二枚がリリースされた当時、インパクトを考えると順序が逆なんじゃないと思いましたが、よりポップなKid Aを先に持ってきた事で、今のアメリカのジャズシーンへの影響が出てきているあたり間違ってはいなかったのかなと思います。

ざっと振り返りましたが、トリップホップ/アブストラクトヒップホップとポストロック、エレクトロニカの影響からKid AとAmnesiacへ至る道のりを感じられたら幸いです。ロックサイドで見ていると、特にKid AとAmnesiacの二枚は難解なイメージがついて回ると思いますが、90年代からのシーンを辿っていくと彼らがやりたかった事が見えてくると思います。

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