ジョアン・ジルベルトガイド①/想いあふれて Chega de saudade 1959年

・全ての始まり

詩人であり友人のホナルド・ボスコリから拝借したセーターを着込み、肩肘ついてこちらに視線を送るひとりの男。28歳にしてアルバムをリリースしたジョアン・ジルベルトのファーストアルバム。ジョアン・ジルベルトの初期三枚はサンバから換骨奪胎し、新たな音楽を作り上げブラジルの音楽だけでなく世界の音楽を変えた。このアルバムがリリースされた1959年の前年にSP盤「Chega de saudade」がリリースされるやいなや、瞬く間にブラジル国内を席巻し新たな時代の音楽として広まりスタイルを確立していく事になる。

1951年、20代前半にガロート・ダス・ルアというコーラスグループに参加していた頃や、1952年のソロデビュー時点ではヴィブラートのかかったクルーナーから一転、ここではソフトでノンヴィブラートな歌唱へと変化している。

歌唱に限らず、ここでは新たなギタースタイルを体得していたことも大きい。サンバのリズムをギター一本で表現するスタイルは新しく、この時代を席巻していた大衆音楽サンバカンサォンとは異なる新しい時代の幕開けとなった。強く歌い上げ、日本で言うところの演歌のようなマイナーな曲調とは相反するソフトで洗練された音楽。それがこのChega de saudade一曲で覆される事になる。
「サンバカンサォンではオーケストラは歌手の伴奏だが、ボサノヴァでは歌手とオーケストラは一体でなければならない」とジョアンが話しているように、声を中心としたアンサンブルがそれまでのサンバカンサォンと大きく異なり、大仰な表現から無駄をそぎ落としミニマルで洗練されたものへと時代を変える一歩となった。
歌もギターも後年と比べるとシンプルなものの、基本となるスタイルはここで完成されている。そしてそれを支えたのが天才作曲家アントニオ・カルロス・ジョビンであった。ジョアンのスタイルに惚れ込み所属していたブラジル・オデオンに掛け合いレコーディングにかこつける事ができた。
ジョビンによるストリングアレンジは後に関わるクラウス・オガーマンと比べれば拙い。弦楽アレンジにはルールがあり、ここでのジョビンのアレンジはピアノの和音を置き換えただけのような印象を受ける。ジョビンがアメリカデビューする際にオガーマンを起用したのは、自身のスキルがオガーマンのスキルとかけ離れていたためではないかと思われる。
もともとドビュッシーやラベルなどフランス近代クラシックに強い影響を受けていたジョビンだけに、ピアノの伴奏は素晴らしく美しい。ジョアンの歌とギターをしっかり支え、余す事無くサポートしている。

・収録曲について

ジョアン・ジルベルトが作曲したものがBim BomとHo-ba-la-laの二曲。Bim Bomは自身のギタースタイルを言葉に置き換えたようなノヴェルティ色の強い曲。Ho-ba-la-laはガロート・ダス・ルア時代に作曲していたと言われる曲でガロート・ダス・ルアのメンバーも参加している。
後に仲違いしたと思われるカルロス・リラのLobo Bobo、Saudade fez um samba、Maria ninguemが三曲収録されている。もともとジョアンがホベルト・メネスカルのアパルトマンに訪れて、そのサークルにいたカルロス・リラとの交流から始まったことから、この頃はまだ交流があったと思われる。

※ドキュメンタリーとは別の映像。Coisa mais lindaと出るけれど、メドレーです。


ジョアンが多くの曲をカバーしたドリヴァル・カイミのRosa Morenaが一曲。

オリジナルと聴き比べる事でジョアンが何をフックアップして、何を切り捨てたのかがよくわかると思う。

初来日でも演奏していたマリーノ・ピントとゼー・ダ・ジルダの共作によるAos pes da santa cruz。「十字架の名の下で」というタイトルの通り、キリスト教色の強いラブバラード。

ジョアンの全キャリアで一番重要なサンバの大御所アリ・バホーゾの曲はMorena boca de ouroとE luxo soの二曲。

モレーナは日に焼けた魅力的な女性という意味。この二曲は前時代のサンバをジョアンのスタイルにしっかり取り込んでいて素晴らしい。E luxo soのグルーヴたるやミルトン・バナナのバテリア(ドラム)と共にいつ聴いても心地よい。ジョアンの最後の外したフレーズもラテン的おおらかさを感じる(絶対音感についてはまた後ほど)。

そしてジョビンはChega de saudade、Bringas,nunca mais、Desafinadoの三曲。ジョビンの曲は他の楽曲と次元が異なり、細かい部分転調や同主調の転調、全く異なるキーへの転調と恐らく世界的に見ても最高レベルの技巧が施されている。

詩人であり作家のヴィニシウス・ヂ・モラエスとの共作、Chega de saudadeは前半がマイナー、後半が同主調のメジャーと転調しながら細かく部分転調や分散和音を巧みに作られた曲。かなり難易度の高い曲ではあるものの、ジョアンは難なく歌いこなしている。この曲はサンバカンサォンとショーロが合わさった曲とも言える。

同じくヴィニシウスとの共作、Bringas,nunca maisは後のエリス・レジーナとの競演でも再演された名曲。ディミッシュを挟みながら下降していくコード進行が特徴の曲。

そしてネウトン・メンドンサとの共作、名曲Desafinado。ゲッツ/ジルベルトでも再演された曲だけれど、このアルバムでのカタルシスは他のどのバージョンをも勝り、歌と歌詞と演奏が三位一体となり、これを超えるものは無いと断言出来る。

「君は僕を音痴だと言うけれど」という歌詞に対して二小節目のF#7(♭5)のCが音痴を演出し、Disafinadoというフレーズでのサブドミナントのm6コードの不協和音が力なさを誘う。プログレとも言えるような次々と現れる転調。和音の持つ感情と歌詞の持つ感情が隙間無く重なり、ドラマツルギーを生み出している。まさにポップミュージックが生み出したマジックがこの曲に盛り込まれている。

惜しくもネウトン・メンドンサは翌年、心臓発作で無くなってしまったため、この後はジョビンとの共作は作られる事は無くなってしまった。メンドンサとジョビンの関係は謎に包まれていて、作詞家と作曲家の関係ではなく、どちらも作詞作曲していたと言われている。ヴィニシウスと異なるのがそのバランスで、メンドンサが関わった曲はコード進行も含めウィットにとんでいる。

メンドンサとジョビンについては次のアルバムでも触れたいと思う。

Chega de saudade (1959)

1.Chega De Saudade
2.Lobo Bobo
3.Brigas, Nunca Mais
4.Hó-Bá-Lá-Lá
5.Saudade Fêz Um Samba
6.Maria Ninguém
7.Desafinado
8.Rosa Morena
9.Morena Boca De Ouro
10.Bim Bom
11.Aos Pés Da Cruz
12.É Luxo Só


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marr

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