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靄を漕ぐ 道が蛇行する町で

靄を漕ぐ

話は、少しばかり前にさかのぼる。

3月の曇り空の休日。京成電車の堀切菖蒲園駅。アイレアメノという風変わりな名前をもつカフェで「靄を漕ぐ」のライブをみた。

ちなみに、「靄を漕ぐ」というのはバンド名ではない。昨年リリースされたCDアルバムのタイトルである。

“靄を漕ぐ”という詩的なフレーズに触発されて、そこでは3組のミュージシャンが静謐で、うつくしい音楽を奏でている。

紹介すると、この「靄を漕ぐ」に登場するのはギタリストの坂ノ下典正、ピアノの田村示音とサックス/アコーディオンの田村みどりによるユニット「the sleeping beauty」、そしてベースの濱田敦司という顔ぶれだ。

3組とも、ふだんはそれぞれにべつの仕事を持ち、マイペースに活動をつづけてきたいわば“日曜日の音楽家たち”とも呼びうる人びとである。

そして「靄を漕ぐ」とは、それぞれに独立した彼ら3組の音楽家たちが、ひとつの場所に集い音を重ねてゆくその流儀、いわばカウンターポイント(対位法)のようなものとぼくは理解している。

さて、これまで繰り返し音源によって楽しんできたこの「靄を漕ぐ」ではあるけれど、実演に接してみると、なるほどそこには対位法のような厳密さと遊び心とが共存していて、なにより音楽するよろこびに満ちた至福のひとときであった。

一音一音が、まさに水を得た魚のように生き生きと跳ねていた。

音源と違うといえば、換気のため開けられた窓から断続的に響いてくる幹線道路のノイズまでもが、まるで作品の一部のように聞こえていたことだろうか。

日常の世界が、「靄を漕ぐ」によってもうひとつの日常に塗り替えられていた。それはまた、いながらにして旅をしているようなふしぎな体験でもあった。

じつを言うと、ぼくとthe sleeping beautyの田村夫妻、そしてこのアルバムを制作したレーベル「fete musique」を主宰する田仲さんとは友人である。もう、ずいぶんと古いつきあいになる。

そのようなこともあり、というのはつまり身内をほめたたえるような照れ臭さもあって、なんとなくこのライブについて書くことは気がとがめていた。

それに、ああ、友達なんだ――そう思われることで、このライブの真価が逆に伝わらなかっとしたら癪ではないか。

しかし、やはりそのライブは実際とても満ち足りた時間を提供してくれた。その余韻は、いまも静かにつづいている。

だからこそと言うべきか、ぼくはむしろ、彼らが友人であることを誇るべきだろう。

あの音楽で満たされた時間について、やはりなにかしら書かずにはいられない。そう思って、ここに書き留めた。

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