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【短編】 突然ワンダーランド

高齢者向けの体操クラブの帰り。

山崎陽子は雑居ビルと壁との間にわずかな空間を見つけ、違和感を覚える。

「こんな所にこんなスキマ。いや、そもそもこんな雑居ビル、ここにあったかしら?」
思わず立ち止まってしまうほどの違和感。毎日通っている道だから、今まで気が付かなかったというのもおかしな話だ。

アーケードのある、古いが活気はある商店街。
陽子は通りから数歩脇に入り、その「スキマ」を覗くように観察した。

そこは漆黒の闇だった。しかし、確かに空間は奥まで続いている。それを確信した陽子は、好奇心を抑えきれずさらに奥へと進もうとしたが、体操クラブの疲労からか、脚がもつれてしまった。
暗闇の中、転倒しそうになりながら伸ばした手に何か、取っ手のようなものが触れた。
ドアノブだ。陽子はそのドアノブらしき取っ手を掴んだまま勢いよく前へよろめきながら膝をついた。
「イタタ・・あー、ビックリ。怪我するとこだったわ」

しかし、本当の「ビックリ」は陽子が顔を上げたときだった。

たった今暗闇の中にいたはずなのに、目の前には真逆の、天国のような空間が広がっていたからだ。

広大なお花畑には、見たこともないような美しい花が競うように咲き誇っている。見上げると空は七色に変化しながらオーロラのように輝いている。

「まあ、ここはきっと極楽浄土だわ。私にもお迎えが来たのね。でも、変だわ。いきなり極楽浄土なんて。三途の川、渡ってきてないわね。」

などとあれこれ考えを巡らせていると、
「・・ですかー、 大丈夫ですかー?」 と、誰かの声。
「あ、いたいた。おばあちゃん、大丈夫ですか?怪我はない?」

若い男性二人がやってきて、膝をついたままの陽子を立ち上がらせる。
見たところ、20代ぐらいの若者だ。

「ここなら平気って言ってたけど、やはり怪しまれて入ってこられちゃったじゃないか」
「そーだな、悪い悪い。考えが甘かった」
状況が全く飲み込めない陽子に、若者は話始める。

「驚かせてしまってごめんなさい。私たちはアミューズメント会社の社員です。ご存じかと思いますが、この商店街の西側区画の一部は、再開発で複合商業施設になるんです。その中に、【TOTHU-ZENワンダーランド】っていう体験型アミューズメントパークが出来るんです。その準備をしていまして。異空間への仮の入り口を、試験的に変なところに作ってしまったので、おばあちゃんに気づかれてしまいました」

「そうなの。あれは人工的に作った景色なのね。」

「ええ。確か20年ぐらい前に、VRとかARとか、映像を使った仮想現実みたいなのが流行ったでしょう。あれをもう一度、バージョンアップして復活させよう、ということになりまして」

「とつぜん、ワンダーランド?」
「はい。ドアの向こうは、突然ワンダーランド。というコンセプトでして」

「ドアを開けてみるまで、どんな世界が広がっているか分からないというわけね」
陽子は年甲斐もなくワクワクしてきた。若い頃から、こういうのはキライじゃなかった。

「ご明察。おばあちゃん、もうひとつ、試してみます?」
「おいおい、やめとけよ。部長に怒られるぞ」
「大丈夫大丈夫。おばあちゃん、こっち来て」

「正式にオープンの際は、1万通りの【拡張現実世界】がランダムに見られるようになる予定です。我々運営側も、ドアを開けてみないと分からない。けど、今はその候補の中のひとつを、特別におばあちゃんに見せるね」

促されるまま、陽子はドアを開ける。

・・・どこか、田舎ののどかな場所にある一軒家。
山あいの集落は、日が落ちるのが早い。実際の時間のわりには暗く感じる。

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