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【短編】 親指おじさん

「ママー。あの人、親指みたい」

またですか。もう、言われ慣れましたよ。

私はイーサン・ハリス。生まれも育ちもサウスダコタ州の、清掃局職員です。
「親指」って言われるようになって30年以上。
いや、ホラーでもマンガでもなく、私の佇まいと言いますか、シルエットが「親指」みたいだといつの頃からか言われるようになり、それを甘んじて受け入れて来ました。

20代後半から太りだし、ますます「親指」みたいなシルエットだとからかわれてきました。
容姿を人に観察されにくい仕事は無いものかと、たどりついたのが現在の清掃の仕事です。
誰も清掃員がどんな容姿か、なんて気にしないと思ったんです。

この仕事に就いてからは、「親指」と言われることも減ったような気がします。朝早い仕事だし、あまり人に会わないんです。

しかし、新たな問題も発生しました。「人に会わない」生活の弊害としてコミュニケーション能力の低下が加速してしまっているんです。

これは即ち、生涯の伴侶を見つけにくくなっている、ということなんです。
「イーサン、私たちはもう高齢なのよ。孫の顔はともかく、パートナーを連れてきて安心させてほしいわ」

母親からはこんな風に言われることも増えてきました。

分かっています。でも私は「親指おじさん」なんですよ。
そりゃ、私だって伴侶は欲しいし、両親を安心させて親孝行したい。

ということで、私はお見合いをすることにしたんです。
これにはかなり覚悟が要りました。しかし私は事態を打開するために頑張りました。

州でも指折りの大きな都市、スーフォールズにあるフレンチレストランを会場に選んだ私は、緊張と期待が入り交じった子供のような感情で一張羅に身を包んで車を運転していました。

美しいすずかけの並木通りに差し掛かったとき、私の車の前に犬が飛び出してきたんです。
とっさにブレーキを踏み事なきを得ましたが、犬を連れていた女性が驚いて転んでしまいました。
「ごめんなさい!犬が飛び出してしまって」
「いえ、私の方こそ気付くのが遅れてしまいすみませんでした。お怪我はありませんか?」

何だかドラマや映画のようなハナシですが、これが後に私の妻となるナタリーとの出会いでした。
ええ、もちろんナタリーを病院に連れていくためにその日のお見合いはキャンセルして、先方の方にはお詫びしました。親御さんは相当お怒りだったそうですが。

お詫びにお食事でも、と申し出た私に対して彼女はとても好感の持てる笑顔で「ありがとうございます。ぜひ」と答えてくれました。
「親指」みたいな容姿の私にも、真摯な態度で接してくれるナタリーに特別な感情が湧くのは当然です。
自然な形で交際はスタートしました。飼い犬のトップも私になつき、人生の中盤にこんな満ち足りた暮らしが訪れるとは。そんな気持ちでいるとパッとしなかった毎日の仕事にも前向きになれました。

結婚を意識し始めたころ、私はナタリーに両親と会ってもらいたいと告げました。
快諾してくれると思っていましたが、ナタリーの反応は「もうしばらく待って欲しい」と、予想外のものだったんです。
動揺を隠しつつ「なぜ?」と聴いた私に、ナタリーは今の自分の容姿に自信が無いから、イーサンにふさわしくないと思われたくないから、と理由を話してくれました。
なんて謙虚な娘なんだ。こんな理想的な相手、サウスダコタ中探してもいやしない。
絶対にナタリーを伴侶にしたい私は全力で説得し、両親に会う事を承諾してもらいました。

会食の場は、スーフォールズの日本食レストランにしました。
先に着いた私とナタリーは、ソワソワと緊張しながら両親を待ちます。

そして両親がやって来ました。

両親を見て驚くナタリー。ナタリーを見て驚く両親。

私はどちらも想定していました。

私の両親も、シルエットが「親指」だからです。
そしてナタリーも・・・

しかしここから事態は思いもよらぬ方向へ進むことになります。

困惑した表情の父に化粧室へ連れていかれた私は、そこでナタリーを諦めろと諭されます。
「イーサン、あの娘はダメだ。他を探しなさい」
「な、なぜです。ナタリーは最高のパートナーです。彼女以外考えられません」
「いいか、イーサン。よく聞いてくれ。我々は北米大陸の先住少数民族、(親指族)の末裔なんだよ。こんな容姿、シルエットなのはそのためだ。かなり数は減ったが、欧州から渡ってきたコーカソイド種との交配で何とか血を繋いできたんだ。それが親指族を絶やさない手段だったんだ。しかし、あの娘だけはどうしてもダメだ」
「自身の出自については、何となくは知っていました。でもそれとナタリーとの事は関係ないでしょう。どうしてです。納得のいく理由を教えてください」
「諦めろ、イーサン。とにかくダメなんだ」

私はナタリーの手を取ってレストランを飛び出しました。
冗談じゃない。こんなことがあってたまるか。やっと出会えた運命の人なのに。
許してもらえなくてもいい。二人で、いやトップも合わせて三人で生きていこう。
勢いにまかせて車に乗り込もうとしたその時、ナタリーの足が止まります。
「ナタリー、どうしたの?もう、こんな街から離れて、新しい暮らしを始めよう」
しかしナタリーの答えは予想外のものでした。

「ごめんなさいイーサン。やはりあなたとは一緒にはなれない」
「どうして。なぜ君までそんなことを言い出すんだ」

「本当にごめんなさい。私はあなたと同じような、先住少数民族の(足の親指族)の末裔なの。」
「あ、足の親指族?」
「そう。あなた達(親指族)の亜種。コーカソイドが入ってくる前は、抗争を繰り返してきた敵対する種族どうしなのよ。もしや、と思っていたけど、今日ご両親にお会いして確信したわ。残念だけど」

「昔の事でしょう?今の我々には関係ないじゃないか」
「ダメなの。親指族と足の親指族は結ばれてはいけないって、400年前からの掟があるのよ。この掟を破ると、種族が滅びるわ。あなたの事は大切だけど、掟はやっぱり破れないわ。イーサン、今までありがとう。さようなら」


私はイーサン・ハリス。生まれも育ちもサウスダコタ洲の、先住少数民族(親指族)の末裔で、清掃局職員です。

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