【短編】 時をかけるコンビニカレー
21時。
子育てとパート勤めに忙しくも充実した日々の主婦、なぎさは帰宅途中に寄ったコンビニのお弁当コーナーの前で思案していた。
「残業で遅くなっちゃったから伸也に夕ごはんを、と思ってコンビニに入ったものの、こんな時間だから全然種類がないわ。これでいいか」
足早にレジへ。会計を済ませたなぎさの手にはカレー弁当が入った手提げ袋。
「ただいまー。ごめん、遅くなって。ご飯まだでしょ。コンビニで買ってきたから」
「今日も残業?いいよ、気を使わなくて。さっき自分で適当に作って食べたからさ」
中学生の息子、伸也はホントに良い子に育ってくれてる。片親で苦労かけてるんだから、もっとワガママでもいいのに。
「あ、そう?じゃ、お母さん食べちゃうね」
電子レンジでカレー弁当を温め直す。
500Wで2 分の間に部屋着に着替えてキッチンに戻り、電子レンジを開けると、カレー弁当は忽然と姿を消していた。
「え?カレー弁当がない 伸也、カレー食べたの?」
しかし冷静に考えればそんなはずはなかった。息子はとっくに自分の部屋にこもっていた。
念のため伸也に聞いてみる。
「なに言ってんの。お母さん、ホントにカレー弁当なんて買ってきたの?」
これはまずい。自分が弁当を絶対に買ったか、自身が持てない。疲れすぎだ。休養が必要だわ。
空腹ではあったが、疲れのあまり幻覚を見た事にショックを隠せないなぎさは、早々に寝床に入った。
夢を見た。
昔の記憶の夢だ。小学生の私。秋の運動会で、母が仕事の合間に買ってきてくれた弁当を一人で食べている。
カレー弁当だ。
そういえばこんなこともあったっけ。母は昼も夜も働いて、私を育ててくれた。運動会の日も、仕事の昼休みに顔を出してすぐ行ってしまった。
なんだか、ゆうべコンビニで買ったカレー弁当に似ている。
容器も、たしかこんな感じだった。
あの時は、周りの友達の豪華な手作りのごちそうが羨ましくて母にふてぶてしい態度を取ってしまった。
仕事で忙しくて手作りではなくお弁当買ってくる、って、今の私がやっていることだ。
気遣いの言葉をかけてくれるぶん、私なんかより伸也の方がずっと立派だ。
ごめんね、お母さん、ごめんね、伸也。
いつもの朝より少し早く目が覚めたなぎさは、ただちにキッチンへ向かい、電子レンジを開けた。
やはり、カレー弁当は無かった。
昨夜の夢のことを伸也に話すと、「それってさ、電子レンジにあったカレーが、お母さんの運動会があった30年前にタイムリープしたってこと、かな」
なんと。
息子の発想力には驚かされたが、なぎさは妙に納得してしまった。
だとしたら、私のコンビニカレー弁当は、忙しくてごちそうも用意できなかった母子を助けたのかもしれない。
「で、お母さんゆうべ何も食べてないんでしょ。パン焼くから、待ってて」
伸也が用意してくれたトーストとコーヒーをいただきながら、なぎさは母にメールを送信した。
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