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「津軽」を旅する〜①青森

或るとしの春、私は、生まれてはじめて本州北端、津軽平野を凡そ三週間ほどかかって一周したのであるが、それは、私の三十幾年の生涯に於いて、かなり重要な事件の一つであった。

『津軽』,太宰治,昭和19年,小山書店

勤続15年のリフレッシュ休暇を使って、青森県にある太宰治の生家「斜陽館」に行ってみることにした。自称・文学少女だった私は、中学の後半からドハマりし、高校生のときには刊行されていた小説はたぶん全て、何回も繰り返し読み、小さな書簡の類もコツコツ探しては読むほど好きな作家だった。大学3年頃だろうか。現実的に就職や将来を考えないといけなくなった頃、なぜか急に読めなくなって、それからずっと遠ざかっていた。

それでも大好きだった本は古くなっても捨てられなくて、たまに背表紙を見ては、いつか「斜陽館」に行ってみないといけないなと思っていた。ただ、津軽地方、特に最寄り駅になる金木は東京から何度も乗り継ぎをして6時間以上かかる。移動の疲れを考えると、まとまった休みが必要だった。そして何よりも、思春期のめんどくさくて恥ずかしい自分を思い出しながら旅行を楽しむ心を保つには、かなりエネルギーが必要だった。

次のリフレッシュ休暇まで会社勤めできていたとして、その時の私は50代後半だ。もう無理なのかもしれない。今行かないと後悔する気がして、思い切って聖地巡礼を決行することにした。

日程は、3泊4日。ガイドブックを見たら青森は広くて行きたいところがたくさんあったけど、今回のテーマは太宰治を巡る旅と決めて、そこに集中する。あまり詰め込みすぎずに、時間と体力を温存して、ゆっくり過ごすことにした。

1日目、朝東京を出て、お昼過ぎに青森駅に到着。気温は東京より5℃くらい低く、冷たい雨が降ってきた。一休みにアップルパイを食べながら海を眺めてみる。青森のりんご、やっぱり美味しい。りんごが名産品というのは、ポテンシャル高いな。圧倒的に見た目がかわいい。ポップなパッケージのお菓子やジュースがたくさんあって、初日なのに大量に買ってしまった。

雨が降ったりやんだり、天気が変わりやすい。どんより曇り空が、やっぱり日本海の色だなと思う。

青森と言えばねぶたで、あちこちにディスプレイされている。駅近くの展示施設に入ってみた。初めて見た本物のねぶたは、思っていたよりカラフルで大きく、テンションが上がった。

金魚のねぶた珍しい!と思ったけど、私が知らないだけだった。この金魚ねぶたは、各地でたくさん見かけた。色も丸い形もかわいい。
躍動感があってかっこいい。和紙の継ぎ目に、あらためて一つ一つ手作りなんだなと感動する。

夜は、津軽三味線と民謡を聴かせてくれる居酒屋を予約していた。店員さんが気さくに話しかけてくれる。この日は、地元の人より私のような観光客が多い。会話の端々で、この2年はコロナのおかげで思ったような営業ができなかったのが分かる。飲食店は本当に大変な時だと感じた。

演奏が始まる前、おかみさんが津軽三味線の特徴を少し説明してくれた。花街の芸者さんが使う三味線に比べ、軸や撥を含め、少し大きいらしい。言われてみれば、がっしりしたつくりに見えた。

聴き慣れないリズムで、曲と曲の合間がよく分からない。民謡の歌詞も、たまに単語が聞こえる程度で理解はできない。ただ、とにかくかっこよく、とても情熱的で、ロックとかブルースみたいだ。高揚感がすごい。もっとたくさん聴いて浸りたい。

来る前は、自然が厳しい土地の人は、無口で険しい表情の人が多いのだと想像していた。きっとそういう一面もあるんだろう。でも、力強い音楽で盛り上がり、美味しい郷土料理を食べて、よくしゃべって心から楽しい場所だった。「私は初めての青森旅行で、ずっとファンだった太宰治巡りをするために、明日は金木に行くつもりです」と言ったら、「あそこはアーティストの町ですよ。風が強いと思うから気を付けて」と教えてくれた。青森に来て良かったと思った。

僕は本当の気品というものを知っている。松葉の形の干菓子を出したり、青磁の壺に水仙を投げ入れて見せたって、僕はちっともそれを上品だとは思わない。成金趣味だよ、失敬だよ。本当の気品というものは、真黒いどっしりした大きい岩に白菊一輪だ。土台に、むさい大きい岩が無くちゃ駄目なもんだ。それが本当の上品というものだ。

『津軽』,太宰治,昭和19年,小山書店

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