前科あります(22)
破産免責もすみ、職能の研修も終わり、勤め先を探そうかと考え始めたころのことです。氏家さんから、逢いたいってメールが入りました。
別に断る理由もないので、いいよ、そのあとはお店に来るってメールしました。
そしたら、それはどうなるか、っていつもの彼らしくないメールが戻ってきました。
なんか、変だなと思ったけど、まあそれほど深く考えることもなく、待ち合わせのカフェに向かいました。
店に彼の姿がない、彼が遅れるのは珍しいと思ったら、私の勘違い。
彼はめったに着ることのないスーツで座ってました。
就職の面接かなんかかもしれない、私が最初に考えたのがそれでした。
彼は先週自衛隊を退職しているからです。
まあ、再就職先は困らないはずなのですが。
仕事、決めたの?
私が、いつもの調子で聞いたら、やっぱり煮え切らない返事。
どうしたの何かあったの?
九州に親戚の持ち物の家がある、というよりおじいさんの兄弟の持ち家らしい。
そこに行って、農業をやる。
彼は、かなり迷った後でそう話してくれました。
九州?農業? 初めて聞く話、でした。
農業って、やったことあるの?
ない、彼は即座に答えてくれました。
街で新規就農の支援をしているとのこと。
ほぼほったらかしの家と畑があるから、来月から向こうへ行く、とのこと。
突然の別れ話、急に涙があふれ出しました。
じゃ、さよならってこと、そんなの急すぎる、感情の整理が。
どうしよう、なんて言おう、行かないでって、そんなこと言えない。
一緒に来てくれないか、年が離れすぎてるから、ずっと言うのを迷ってたけど。
結婚してくれないか。
要はプロポーズ、そのためのスーツだったらしいです。
私は、なんて答えたか覚えていません。
とにかくその日から、大忙しになりました。
お店に頭下げて、店をやめる話をして、家の明け渡しと、引っ越しの準備。
引っ越しは、今までも転勤商売だったから人よりは、なれているけど。
お店の友達とかに冷やかされるやら、うらやましがられるやら。
農業、なんてやったことあるの?
もっともな質問をみんなから投げかけられました。
ない、農業どころか家庭菜園もやったことはありませんでした。
それは実は氏家さんも一緒。
一年間、夫婦で研修を受けます。
その間は、お金が出ます。
大丈夫なのって聞かれたけど、答えは明快。分かんない、ま、だめでもなんかやるよ。
家と畑はありますが、長年ほったらかしなので、いろいろ手をかけなきゃ、と氏家さんはちょっと申し訳なさそう。
まあそれも面白いんじゃないかな。
前科者の私にとってどちらかというと夢のような話。
どこかに勤めるにしても、いろいろなこと隠して暮らすことになるんだろうなあ。
そう思っていただけに、農業という自営業は精神的に楽、なはずです。
問題は田舎暮らし、やったことないからなあ。
うーん、どうなるかなあ。
でも、考えても仕方がないかも。テレビで見る田舎暮らしほど能天気じゃないだろうけど、何とかなるでしょ。
ということで、この話は、新展開。
次回からは農業の話へとなっていきます。
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