地方自治体職員の故意、重過失案件に対する損害賠償請求について考えた

プール水流出事故での住民訴訟が教員個人への請求のきっかけ

・近年、プールの水“大量流出”について、自治体によっては、教員らへ損害賠償請求がされ、そのような事例が増加してきている。
・今回、川崎市立の小学校で大量のプールの水を流出させた件で、損害の半額計約95万円の賠償を請求した同市の対応に批判の声があがり、市民から撤回の署名も提出されている。
・これは、平成7年5月に発生した小金井市におけるプール水流失事故に関する損害賠償請求にかかる住民訴訟において、施設管理員に対する損害額の8割に当たる賠償請求を認容した地裁判決から、当局が住民訴訟での請求を恐れて、教員等に請求する流れとなったものだろう。

請求の根拠は?

・ところで、国賠法1条では、 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。とされており、また第2項では公務員に故意又は重大な過失があったときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。とされている。
・従って、違法に他人に損害を与えた場合は、国賠法のスキームにより、国等が損害賠償し、故意又は重大な過失があったときは、公務員に求償することになるが、プール流出事故のように第三者ではなく、国等に損害を与えた場合は、地方自治法に基づき、公務員個人に損害賠償請求される。民法上は過失でも請求されるが、国賠法では故意・重過失が要件なので、国等が請求する場合は、これとの均衡により、重過失があるかどうかが判断されるだろう。
・これにより、宮城県富谷市のプール事故や仙台市での源泉所得税の納付遅れによる追徴課税が発生案件で公務員個人には『重過失とまではいえない』として賠償請求されていない。それは、案件個々の状況によるものであり、仮に住民訴訟となって求償権不行使が認められた場合は、首長がそれを負担しなければならない。
・重過失の判断としては具体的ではないが「重過失は抽象的重過失のことであって、抽象的な注意義務違反の程度がはなはだしい過失をいう」とされていて、個々の事案により判断されるものである。
・なお、個人として多額な損害賠償責任を負うことのリスクは、公務員に萎縮効果を招きかねず、ひいては円滑な行政の遂行を阻害するという観点から軽過失が除外されている。

重過失と軽過失

・10月4日、東京都練馬区は、2021~2023年の夏の職員のボーナスに課される源泉所得税の納付ミスにより、約3700万円の追徴課税が生じたと発表。当時、支出を管理する立場にあった40代課長と60代の元管理職(退職済み)の2人に、全額の損害賠償を求める方針を示した。と報道があった。
・プール流出事故での教員の責任や仙台市が同様の件で賠償請求しなかったこともあり、かなり同情的な意見が多い。しかし、前述したとおり住民訴訟となった場合、首長が賠償請求される可能性もあり、重過失があると判断した場合、職員に請求するのは当然だろう。当該職員は、公務員損害賠償請求保険に加入していたそうだ。あらかじめ、そのような事故を予見して、保険加入していたのは自身の身を守るためにも必要であろう。
・ただし、私も軽過失についてまで公務員個人に請求することは、反対であるが「抽象的な注意義務違反の程度がはなはだしい過失をいう」という重過失の定義から軽過失に該当する場合は、ほとんどないような気がする。

北海道庁の事例

・ここで、損害賠償に関する北海道庁の事例を見てみよう。
・平成2年、道々拡幅工事に伴い、店舗兼住宅の移転工事を国の交付金を得て、実施した道職員は、工事が期限内に終了しなかったことから、公文書を偽造した。このことが発覚し、正規に延期申請をしていれば支払わずにすんだ3億円あまりの交付金と延滞金を国に返還した。虚偽申請した理由は、延期申請の手続きが面倒だったからとの理由である。
・平成6年、道立総合研究機構の職員が違法ソフトを使用して、発覚、著作権侵害で和解金として8,300万円を支払った。なお、ソフトウェアをインストールするには、所属長の許可が必要だが、許可を得ていなかったということである。
・平成7年、道立看護学院の職員によるパワハラ被害を受けた看護学院の学生に対して慰謝料や授業料の返還が決定。さらに自殺した学生の遺族への賠償なども交渉を進めている。金額はまだ未定のようだが、これらも税金から支払われるが、職員への請求については言及されていない。

・道々拡幅工事については、事務が面倒だと理由で公文書偽造のあげくに背任したにもかかわらず、刑事告発もせず、処分も1/10の減給2ケ月だけで、しかも退職したために実質1ケ月分しか減給されていない。議会では職員への損害賠償請求を検討すると明言したが、検討だけに終わったようだ。
・違法ソフトに関しては、過去に道庁が違法ソフト使用により、1億6千万円の支払いを行い、違法ソフト対策を行っていたにもかかわらず、再び同じ過ちを犯している。当該職員に損害賠償請求したとしているが、実際に支払われたかどうかは不明である。
・看護学院のパワハラについては、自治体にはパワハラ指針があるにもかかわらず、そもそも看護士育成が業務なのに自ら業務を放棄するようなことをしており、現在は、学生も集まっていないと聞く。

・このように、川崎市のプール流出事故や東京都練馬区の源泉所得税納付ミスによって職員に損害賠償請求し、納付されている事例もあれば、北海道庁のように明らかな刑事事件であるにもかかわらず、刑事告発もせず、形だけの損害賠償請求するかのように見せかけているだけの事例もあり、両者の不均衡を是正しなければ、納税者は納得しないだろう。

公務員個人への賠償請求は是か非か

・川崎市のプール流出事故や東京都練馬区の源泉所得税納付ミスによって職員に損害賠償されるのは、自治体側にとって、職員に請求する法的根拠(それが本当に重過失に該当するかどうかという点を除けば)があり、税金から補填すれば、住民訴訟により首長が逆に訴えられかねない。
・民間であれば、会社が負担するのにという批判もあるが、営利を目的としてリスクを抱える民間と法令に基づいて粛粛と行政事務を行う自治体とでは立場が異なるとの意見もある。また、民間であっても民法に基づき損害賠償請求されて、最高裁判例になっているものもある。
・プール事故に関しては、教員の働き改革と合わせて、教員不足の観点から言及されている方もいるが、市長が言うように教員不足と損害賠償請求を同一に語るのは違うのではないかと思う。

・国賠法2条2項による規定で、公務員個人に対して故意や重過失がある場合、国等は求償権を有するとされているが、これまで、この規定に基づいて求償された事例はほとんどない。また、民法では損害賠償請求の対象となる単なる過失を除外したのは、これらの過失でも請求されるとなると公務員が萎縮するからと説明がされている。
・しかし、この規定があるから、公務員は萎縮せず業務を行っているのだろうか?北海道庁の公文書偽造の例では、手続きが面倒だからという理由で本来業務を回避しようとしたことが原因である。また、他の自治体でも不作為による事件・事故が頻発し、不正の隠蔽も多々発生している現状を鑑みると萎縮させないためという効果などどこにもないと断言できる。
 さらに我が県で私が経験した事例では、新規採用職員でもその年に覚える程度の年度区分の概念を知らない40代の職員や補助金を担当していれば必須の知識である補助割合に応じた自己資金が必要なことを知らない50代の職員が引き起こした不正などがある。
・道庁の違法ソフトを使用して著作権侵害の賠償を支払った事例やパワハラによる損害賠償した事例などとともに、本来、必要な知識を習得せず自己研鑽の不足によって自治体に損害を与えてもなんら個人に請求されないことがかえって無責任、不作為、不正の温床になっているのではないかと思う。
・そういう面で、私は軽過失は別として故意はもちろん必要な知識を知らないことから生ずる重過失については、公務員個人が賠償請求されてもやむを得ないと考える。

・公務員自身もまた公務員に同情的な皆さんも、北海道庁の事例や自治体で多発している故意、不作為から生じた損害まで、たとえそれが多額で個人で負担できないとしても、税金で負担してもいいとは思わないだろう。
・ミスは人間である以上誰にでも起こりえる。東京都練馬区の事例では、管理職自身が、公務員損害賠償保険に加入していたため、請求額全額が保険で支払われたそうである。周囲に加入している職員は少なかったが、私も現役時代加入していた。今の時代、自分の身を守るためにも公務員損害賠償保険の加入は必須であろう。ただし、犯罪行為によるものは免責となるので、これも公務員が自己研鑽する動機にはなるだろう。いずれにしても、問題は軽過失まで負担させるべきではないが、故意または重過失については、公務員自身が負担すべきものとして真摯に住民のために行政を執行することが肝要なのだと思う。それであればこそ、住民も公務員の仕事に理解を示してくれるだろう。
  



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