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大切なのはどんな選択をするかじゃない。自分が選択した人生を強く生きられるかどうか。

タイトルは、サバイバルウエディングの宇佐美編集長の台詞から。
リアルタイムで視聴していたときも好きなドラマだったが、アラサー独身の立場で改めて見たらかなり心に刺さった。
改めて見てみるきっかけは、ババ嵐で吉沢亮と風間ぽんが戦っていたから。
この2人共演してたよな?って。

オープニングトークは以上として、今回はアラサー独身の立場である今、母親になることについて、アラサー女子の人間観察というポッドキャストを聴いて自分の考えをまとめたくなった。のでいつか読み返すかなと思いながら書いていく。

そもそも、わたしは子供が欲しいとは100%で思えない。
なぜかと考えていくと、自分には母親が務まらない。という考えが根底にあるからだ。
子供を育てていく。ただ産むだけではない。責任が伴う。

同い年の人たちは母となり、父となっている。
ということは、責任が持てない・親になる自信がないのは自らが未熟だからだ。年齢の問題ではない。

子育てって、向いていませんでした。って通用しないと思う。
子どもは親の所有物ではない。子どもの人生もある。
いろんなものに向き不向きがある。子育ても向き不向きはあるだろう。
子どもは親を選べない。子どもにとって適切な親になれるのか。

同じ部署の人が時短勤務、育休、育休で遠出な仕事はわたしが引き受けることとなっている。同じ部署に未婚がいればその人が他の人を助けるのは当たり前だろう。他の部署で子持ち男性ばかりのところは、遠出な仕事も平等に降りかかっているようだ。大変だろうな、と思う。
仕事をし、家庭のことをし、子育てをする。きっとわたしが想像する以上にしんどいだろう。果たして、わたしがその立場となったら仕事も家庭もちゃんとできるのか?不安。

結局のところ、子なしでも幸せな家庭を築けるようなパートナーと出会えたらわたしは幸せだ。わたしの人生に今のところ子どもは必須ではない。
しかし、この人の子どもを産みたい。って思えるような人と出会えれば、それもとっても幸せだろう。

運命的な出会いをすればなにか変わるのか?

彼氏が消滅したので婚活を本格的に始めようと思うわけなのだが、この子どもを産むこと、親になるのか、というテーマからは逃げられないのかなと。

となると、絶対子どもを産まなければならない!という人だけを避けて、あとのことは出会いと話し合いによって考えればいいのかな。
自分が変われば考え方が変わる部分、社会的な改革が必要な部分、色々あるが、独身未婚の今はやっぱり子どもが欲しいとははっきりとは言えない。

何年か後にこの文章を見返すときがあったら、その時はどんな環境なんだろうか。
未来は分からない。がどんな選択をしたとしても、選択した人生を強く生きること。冒頭に戻るが結局そうあって欲しい。




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