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【読書感想】「つるかめ助産院」 小川糸

読了日:2012/9/26

夫が突然失踪し、茫然自失の主人公、小野寺まりあは、過去に夫と訪れた南の島に降りたった。
そこで出会ったつるかめ助産院の先生から、まりあは妊娠していることを告げられる。
島の人たちとふれあい、子をお腹に育みながら、頑なで内向的だったまりあは少しずつ変わってゆく。

人との優しいふれあいと、いのちの話。
優しくてあったかい気持ちになった。

ストーリーのなかで、主人公は妊娠6週からスタートし、最後には出産する。
テレビやドラマではあっという間だけど、妊娠がわかってから十月十日。実は結構長い。
その期間で、少しずつ少しずつ体と一緒に心もお母さんになるための準備をする。
そういう状況がしっかり描かれていた。

正直、主人公に最初は共感できなかったけど、とまどいながらも素直に自身を変化させていけるのは、人としてとても素敵だと思った。
自分を変えるってなかなか難しいと思うので。

妊娠出産は、面白くて奥深くてグロテスクで神秘的。
100人出産したら100通りのお産がある。
人の出産話を聞くのはすごく面白い。

それなりに色々な経験を積んで、色々なことを学んできた人でも、妊娠がわかると、その状況・状態について、いかに無知で何も知らないかを痛感する。
昔はどこの家も子だくさんだったし、地域のコミュニティもあったから、親や年配者から妊娠出産について生活の中で教えてもらうこともできた。
でも今はそうじゃない。
子を産む女性でさえ、ほぼ何もわからない状態で妊娠期間がスタートする。
「30年近く生きてきて、こんなにも無知で未経験のことがあるんだなぁ」と思ったことを覚えている。

そして出産後。
突然、「命」という最上級に重いものが目の前に突きつけられる。
病院で生まれたばかりの我が子と二人の部屋になったとき、その命の重さと自分の無知を、頭ではなく体で実感した。

臨月の時期、自分がおかれている状況の特殊さが面白かった。
「予定日から遅れて最終的に促進剤になったとしても、10日後には猛烈な痛みが待っていて、で、この膨らんだお腹がペシャンとするんだなぁ」と。。
そんな経験、ほかにない。

妊娠出産は本当に不思議で面白い。

人の成長物語でもあるし、命のはかなさとあったかさを感じさせてくれる、そんな小説だと思う。

ワタクシ的名文

ふにゃふにゃとした生まれたての赤ちゃんは、すぐさまナナコさんの胸に抱っこされた。
薄暗闇の中、へその緒が川のようにめらめらと白く輝いて見える。気がつくと、私はわけもわからないまま涙を流していた。子供たちも同じように泣きながら、必死に涙を拭っている。

出産には強烈な引力があると思う。
人の出産を見ると涙がでる。
自分が産んだときは泣かなかったけど。

「でもね、がんばったりしなくていいのよ。妊婦さんは、バカになるのが一番なんだから」
  (中略)
「そうよ、頭の中をすっからかんにして、自然のリズムに沿って生活して、きちんと体を動かして、そうやって体と心をリラックスさせるってことが大事なんだもん。都会で暮らす人達はよく勘違いしちゃうんだけど、リラックスっていうのは、緩むことでしょう。緩んでないといざという時に力が入らないの。都会の人達は、がんばってがんばってリラックスするんだから、ほんと、笑っちゃうわよね!」

自然のリズムにあわせて生活する。簡単そうで、けっこう難しい。

「今、まりあちゃんはおなかの赤ちゃんにテストされているんじゃないかな。よく、女性は出産をすることで人生をゼロに戻してリセットできるとかって言われるけど、そうじゃないの。出産に至るまでの過程で、少しずつ少しずつ無駄なものに気付いたりしながら、リセットされていくの。産むことが大事なんじゃなくて、産むまでのプロセスが重要なのよ」

この感覚、すごくよくわかる。
無駄なものが削ぎ落とされて、生活や考え方がシンプルになっていく感覚。妊娠・育休中にすごく感じていた。
大事なものがクリアになって、物事の優先度も大きく変わったと思う。

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