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【読書感想】「聞く力」 阿川佐和子

読了日:2013/1/13

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阿川さんの「聞く力」。
本屋に並んでいて、ずっと前から気になっていたので購入。

タイトル通り、「聞く」行為について書かれている。
とっても読みやすい。
それにとってもわかりやすい。

コーチングやリーダーシップの本にも、話を聞く(傾聴)ことについては書かれているけど、それがより身近な言葉で、より具体的に書かれていた。
成功例だけでなく、阿川さん自身が経験した失敗例も書かれており、
「あぁ、話を聞くプロだっていっぱい失敗してたんだなぁ」と、親近感が湧く。
共感しやすいからスッと入ってくる。
だからベストセラーなんだな。

「真剣に聞く」時間を増やそう

この本を読んで、私は「聞く」に意識を向ける機会が「話す」ことに比べてとても少ないな、と気付いた。

「聞く」行為は日常で当たり前にやっている。でも、当たり前の生活しているだけでは、阿川さんのようにポイントをまとめることはなかなか難しい。
「聞く」を「仕事にしてる」人だからこそ、書ける内容なんだろうな。

「聞く」ためのポイントひとつひとつはそんなに目新しいものではなくて、人とちゃんと向き合おうと思うなら当たり前のことばかりだと思う。
でも、当たり前のことだけど「ちゃんと人と向き合う」って、出来てるようでなかなか出来ない。「なんとなく聞く」「適当に聞く」という人の方が実は多いのではないかと思う。

少なくとも私は、「聞く」に関してはすごく未熟。「なんとなく聞いてる」時のほうが多い。
日常のなかで、少しずつでも「真剣に聞く」時間を増やすようにしていこう。

「聞く」仕事、「話す」仕事

読む、書く、聞く、話す、という行動と、仕事との関係性について考えた。
阿川さんがこういう本を出せるのは、阿川さんがいろんな人と会って、いろんな人から話を聞く仕事をしているから。
仕事で「聞く」ことを繰り返したことで、阿川さんなりのこだわりや方法論が確立されている。

阿川さんはインタビューという仕事だったけど、一般の仕事だとカウンセラーや精神科のお医者さんなども、「聞く」行為そのものと業務が直結している。
こういう仕事の人たちは、「聞く」ことに意識をむけやすいし、また、「聞く」スキルを伸ばしやすい職業なんだと思う。

営業や報道記者は、「聞く」に加えて「話す」や「書く」というアウトプット面もバランスよく必要になる。

今は子育て優先なんで退いてるけど、私はもともと講師業なので「話す」仕事。
講師、教師、アナウンサー、物書きなどの職業の場合、素材となる内容を「読む」「聞く」で取り入れるけど、より意識が向くのは「聞く」よりも「話す」方かな、と思う。
少なくとも私は、「話す」や「書く」にばかり目を向けていて、「聞く」ことは深く考えたことがなかった。
これからは「聞く」スキルも少し意識していきたい。
いつもより半歩、前のめりに聞くイメージで。

就活学生や転職を考える人も、業種や職種というカテゴライズでなりたい仕事を選ぶのが普通だけど、「聞く」「読む」「話す」「書く」など、身近な行為を基準に職業を分類して、そのなかで自分の職業を考えると、仕事が少しイメージしやすくなるように思う。
自分の成長方向を考えたりするときにも役立ちそう。

「聞く」「話す」教育

「読む」と「書く」は、1人でできるインプット、アウトプットで、
「聞く」と「話す」は、複数の人がいてこそ成り立つインプット、アウトプット。
日本人は、「読む」「書く」は得意で慣れているけど、「聞く」「話す」は苦手な人が多い。(自分も含めて。)
1人完結型の「読む」「書く」学習スタイルに比重を置きすぎてしまったから、今、年令問わずコミュニケーションに難ありな人が増えているのかもしれない。
摩擦を恐れず、積極的にコミュニケーションしていくことでしか、「話す」「聞く」スキルは身に付かない。小さい頃から答えのない問題も恐れずに議論しあえるような場を増やせるといいのにな、と思う。

それを、たとえば学校教育でやろうとしたらどうなろうだろう。
ただ「「話す」「聞く」中心の授業にしてください」と教師に伝えても無理なんじゃないかと思う。
もしやるなら、教師の役割に対する私たちの認識から再定義してはどうだろう。

教師・講師に対する現状の認識は「教える人」。
この認識が、答えのない問題を議論することを難しくしているように思う。
教師は「明確な答えを用意しなければいけない」と思い込むし、生徒や保護者は「わからないことは教師に聞けば教えてもらえる」と思いこむ。
この思いこみが、答えのない問題を答えのない議論で終わらせることを難しくしているのではないかしら。

教師・講師の役割を「促す人(ファシリテーター)」にかえたらどうだろう。
もちろん、知っていることは伝えていいだろう。
だけど、今の社会、ググればたいがいのことはわかる。調べればわかる知識を教師が提供する必要はない。
たとえば、教師の役割を、
「お!じゃあ調べてみようか!」とか、
「この問題についてどう思う?」とか、
議論や思考を促す役割にシフトしていったらどうだろう。
答えのないことをみんなで議論する、そんな場がうまれやすくなるんじゃないかしら。
楽観的かな?

また、そういうコミュニケーション中心の場が増えてきたとき、その過程で、より体系だった「聞き方」「話し方」の知識を学べるとよいな、とも思った。

「聞く」といっても、私たちは「きちんと聞け!」くらいしか指導されていない。
「話す」も同様。

今、円滑なコミュニケーションができている人の多くは、経験のなかで自分なりのやり方を見つけてきた人たちだと思う。
でも全員が経験で上手にコミュニケーションのテクニックを学べるわけではない。
たとえば「傾聴」とか「プレゼンテーションの基礎」とか、「聞く」「話す」に関するテクニックを早い段階で学ぶことができれば、経験不足な人たちのコミュニケーションを補うことができるのではないかしら。


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