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プロレスリング・ノア〜稲村愛輝と岡田欣也の第一章完結〜

8.11横浜武道館で開幕するプロレスリング・ノアのシングルリーグ戦、N-1VICTORY。

当初Bブロックにエントリーされていたティモシー・サッチャーがビザ発給遅れのためリーグ戦欠場。急遽空いたその1枠を懸けて、8.5後楽園でN-1出場者決定戦が行われました。

一人はノアのヘビー級ホープ稲村愛輝。182cm120kgと恵まれた体格を活かしたパワーファイト。タイトル戴冠こそ至らぬ状況ですが、先日行われたZERO1のシングルリーグ戦火祭りで準優勝を果たす等。ノアの次代を担う選手ではあることは誰の目にも明らかです。

その稲村と対戦したのが岡田欣也。稲村と同期だがここまでの実績は稲村とかなり差が付いた状況でした。稲村のように「戴冠まであと一歩」ではなく。タイトル挑戦機会はおろか、アンダーカードを暖める状況が続いていました。

N−1出場者決定戦に岡田がエントリーされる。そのことについてはファンの中でも賛否が分かれる状況でした。岡田以上に実績のある中堅やベテランがいる中で。岡田がある種の贔屓をされたのでは?若さは経験より優位なのか?

私はこのカードが組まれたことについては賛成でした。ノアのトップ層の闘い。それは「勝者総取り」の世界です。21年のダブルタイトルマッチでドロー(日本武道館メインに到達できなかった)の拳王は。試合後にリング上で言葉を発することさえ許されず(勝者の中嶋勝彦が「拳王」と言葉を発した直後に会場が暗転し潮崎豪が入場→拳王はリングを蹴って暗闇の中退場)。その潮崎も22年元旦に中嶋に敗れた後は苦難のシングル4番勝負へ投入されるなど。ノアのトップ層の戦いは「敗者に大きなダメージを与えるシビアな戦い」だと私は考えています。

その文脈で言えばN-1、つまりノアのトップ層の戦いに足を踏み入れるのであれば。そうしたシビアな戦いを経験しなければならない。N-1出場者に稲村が挙がることに異論は無いでしょう。では決定戦を行うとして稲村は誰に敗れると最もダメージを受けるか?それはキャリアが上の相手ではありません。キャリアが上の相手に敗れても「ベテランにはまだ敵わなかった」で済んでしまいます。そして岡田は?誰に敗れると最もダメージを受けるか。ヘビー級の中で序列が低い岡田であっても、明確に序列を付けられることで最もダメージを受ける相手は?

もちろん若さによって岡田が優遇されたことは否定できません。しかしシビアな戦いに加わるならシビアな戦いを経験しなければならない。そうした意味を踏まえると、私は稲村岡田戦が組まれたことに意味があると感じました。

試合は岡田がはつらつとした気合のある表情ではなく。悲壮感と不安を隠さず。それでいてシリアスな表情で入場した時。その時点で既にゴングが鳴っていました。それはいみじくも鈴木秀樹が言う「若手が頑張った試合」ではなく。いわば「生き残りを懸けた試合」だったと思いました。

稲村のパワーに対して左腕一点集中攻撃で対抗する岡田。両者ともがよそ行きではなく「これまで己が積み重ねた戦い方」でぶつかりました。その中でも稲村がハンマーパンチではなくエルボーを叩き込んだことは相手が同期だからこそか。岡田の一点集中攻撃も「同じ箇所を異なる手段で攻撃する」という小川良成の理論をシングルマッチで見事に体現しました。

両者の明暗が別れたのはまさに一瞬。稲村が火祭りで必殺技まで昇華させたロープの反動を利用したショルダータックル。一撃目をカウント2で返した岡田。稲村は追撃を狙いロープに走る。岡田がその背後をとる。そしてまさにここしかないタイミングでローリングバッククラッチホールドで固める。レフェリーが3度マットを叩いた瞬間。岡田の勝利が確定しました。

稲村の最近の試合を研究してショルダータックルが鍵になると踏んだこと。それを一発耐えてたこと。この試合一度も丸め込み技を使わず、決定的な場面まで手札に残せたこと。そしてその切り札を必殺技として昇華したこと。岡田が今できることを全て出し尽くして。初めて稲村に勝つことができた試合でした。

この試合の持つ意味が何だったのか?その答えを出すのは恐らくもう少し先になってからかもしれません。N-1出場権を得た岡田がここで一気にブレイクする。それはハードルが高い要求だと思います。大事なことは29歳の同期二人が生き残りを懸けたシリアスな戦いをしたことです。これまでの二人の戦いは良い意味でも「頑張った若手同士の試合」でした。その第一章が22年8月5日に終わりを告げた。そして稲村岡田戦の第二章が始まった。それこそがこの試合が果たした一番大きな成果である。私はそんなふうに考えました。


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