腕を攻めるだけで試合を組み立てることへの解〜from HAYATA to青柳亮生〜

かつてプロレスリング・ノアの小川良成はある選手に対して「腕を攻めるだけで試合を組み立てることができないのかよ」という言葉を発したと言われています。ある選手…ここでは彼と呼ぶことにします。彼は元々アマレス選手としてバックボーンを持っているだけではなく。優れたインテリジェンスを持つ選手でした。小川が彼を手取り足取り指導したか?それはぼくにはわかりません。しかし小川の言葉が彼に何かを気づかせたこと。それによってアマレスの技術だけに頼ることがなく。彼がプロレスラーとして独り立ちするきっかけになったことはたしかでしょう。

彼は順調に成長曲線を描いてゆきました。しかし小川と彼はそれぞれ別の道を歩むことになりました。ある意味で「忠臣として主君に尽くす」という意味で似ていたのやもしれません。お互い別の主君に尽くすため。彼はノアを離れて秋山準らと共に全日本プロレスに戦場を移します。

彼は全日本プロレスのジュニアヘビーの選手として己を才能を開花させました。世界ジュニアやアジアタッグの獲得。更にはチャンピオンカーニバルへの出場。個人としては階級の幅を超えた活躍をしつつ。一方で道場長として数多くの若手選手を鍛え上げました。ノアの現GHCヘビー級王者ジェイク・リー。全日本プロレスの現三冠王者青柳優馬。未完の大器野村直矢等。全日本プロレスという畑の土地を丁寧に耕し。良質な土壌を保ったのは彼の手腕に他なりません。

しかし2019年。彼は全日本プロレスから突然姿を消しました。やるべきことも、やってほしいことも沢山残っていました。全日本プロレスにとっても。プロレスファンにとっても。それはとても大きな衝撃でした。

悲しいことがあっても時計の針は前に進み続けます。2023年7月20日。プロレスリング・ノアで王者HAYATAが全日本プロレスの青柳亮生を相手にGHCジュニアヘビーの防衛戦を行いました。ノアジュニアの絶対エースであるHAYATA。HAYATAもまたかつての彼のように。小川から気づかされた選手といえるでしょう。元々持っていた武器の扱い方を小川との邂逅で更に磨き上げたHAYATA。

一方挑戦者の青柳亮生は?青柳亮生はまさしく彼が育てた選手です。それは「全日本プロレスジュニアにとって青とは特別な色」と青柳亮生が発することからもわかります。

この日の試合は若き新星青柳亮生が奮闘するも、絶対王者HAYATAの牙城は崩せず。という内容でした。特にHAYATAが終始見せた腕攻めのパターン。飛ぶ投げる以外に場外も使いロジカルに腕を攻めること。それは匠の技であり、青柳亮生もそれには防戦一方でした。

HAYATAに対して完敗した青柳亮生でしたが、特筆すべきはそこからの動きです。7月22日に松江で開催された全日本プロレスの大会。第1試合に登場した青柳亮生はヘビー級の超新星安齊勇馬と対戦しました。この試合で青柳亮生はが安齊に繰り出したこと。それはHAYATAが青柳亮生に行ったかのような腕攻めでした。第1試合であり大技が求められない&相手が若手の安齊だった。そうした状況もあって、青柳亮生はテクニカルな腕攻めを選んだのかもしれません。しかし2日前に自分がやられた内容を別の相手に即座に試し。しっかりと内容のある攻防を見せる。それは素晴らしいことです。

更になぜ青柳亮生が即座にHAYATAの動きを実践できたのか?それを深く考えると。青柳亮生は既に個々のパーツを所持していたのでしょう。ただし設計図は未完成だった。それは彼が姿を消したことも大きく影響してるでしょう。彼が健在であれば?おそらく彼が戦いを通して青柳亮生に設計図の存在を気づかせていたはずです。しかし紆余曲折を経て。彼と同じ人物から気づかされたHAYATAが。青柳亮生と邂逅すること気づきを伝承させる。それは意図されたものではないでしょう。おそらく偶発性の高い現象です。青柳亮生が彼に鍛えられてパーツを持っていたからこそ繋がった。ぼくはそう思います。

「腕を攻めることだけで試合を組み立てることができないのかよ」。かつて小川良成から彼へと発せられた問いかけ。二人が別の道を歩んだことで。そして彼が姿を消したことで。その質問の答えは出されないままでした。しかし2023年7月にHAYATAと青柳亮生が対戦することで。その答えははっきりと出ました。

「腕を攻めることだけで試合を組み立てることはできます」


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