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「ドのつくストレートやから」

「わたし、ちょっと前まで彼女みたいな子がおって」
幼馴染にそう告げられたのは、大学一年のころだった。平然を装った何気ない調子で切り出した彼女には、それでも少しの緊張感が漂っていた。

へえ、それはどこで出会ったん?
それってどうやって付き合うみたいな感じになるん?
なんで別れたん?

私は興味津々で聞いた。女性が女性と付き合うのが物珍しかったからではない(そういう友達は他にもいる)。そもそもの話として、私は恋愛話が大好きだったのだ。性別がどうであれ、その手の話はぐいぐいのぐいで聞き取りにかかる。敏腕刑事顔負けの聴取の結果、年下の彼女とは別れた今は、大学のサークルの女性の先輩のことが気になる…ということだった。

知らん間にそんな恋愛をしてたんやなぁ。
1年ほど前まで、彼女は男の子と付き合っていた。男はもう嫌んなったんかと尋ねると、そうではない、男でも女でも恋愛対象になるという状態なのだと彼女は言った。

はーん、なるほどねえ。
びっくりなような、そうでもないような。しばし考えを巡らせたあと、私は一番気になることを口にした。
「で、私は恋愛対象なん?」

だってそーじゃん? この空気感、そのほんのり漂う緊張感はなに? バイであるって話をするだけなら、そんな緊張しなくても良くない? もっと重要な話が待ってたりする? しない? どっち?

「いや、坂ちゃんは違う」
一刀両断。落ち着いた口調だった。大きい瞳でじっとこちらを見る。ふむ、さては君、返事を用意していたな。
「あっそう」
拍子抜けする私。っていうか、フラれた? いやフラれてないな。でもなんだかとても真剣に、「あなたは違う」と説明されている。やっぱフラれた? いやフラれてないよな。

「坂ちゃんは、ドのつくストレートやから。わかる。坂ちゃんは男(が好き)。ドストレート」
めちゃくちゃ男好き認定された。そう、私は根っからのヘテロセクシャル。
「うんまあ、ストレートやな。自分でも思うわ」
やけど、それでだいじょうぶそ? 私けっこう女の子から、彼氏にしたいとか言われるタイプやけど、大丈夫そ?
二人でコンビニに寄って帰るとき、美味しそうと言っていたパンを自分に買ったと見せかけてコッソリあなたの鞄につっこんで帰るとかいう、彼氏みたいなサプライズムーブかまして驚かせたことあるけど、大丈夫そ?

これまでの彼女との関わりを頭の中で素早くなぞる。

かといって。
かといって、いや大丈夫じゃないです恋愛対象でしたと言われたところで、私としては、あっそうなんやごめんな俺男としか付き合いたくないねんとなるだけなわけで。

んじゃあ、どっちでもええか。

友達として好きである、という事実が私の中で変わるわけでもない。ならどっちでも。そう結論づけて私は彼女の話に納得し、片思い中だという先輩についてを根掘り葉掘り聞きだすことにしたのだった。

あとはもう普通の恋愛話で、二人して鍋をつつきながら延々と喋り続け、そんな夜は更けていった。



それがもう、10年も前の話。

結局彼女は先輩とお付き合いすることになったし、しっかり付き合ってしっかり将来性について悩み、しかし結局別れて男性と付き合い結婚し、今では1児の母である。

その間、ただの友達にしては濃いめの喧嘩を何度か経験しながら、今もなお私と彼女は仲良くやっている。

あるとき、ログイン情報を忘れたときに使う秘密の質問で、「一番親しい友だちの名前」にあなたの名前を答えに入れているよと話したとき、「それは嬉しいなぁ」と返事が返ってきた。

あのカムアウトをするときから、いやもしかするともっと前から、彼女は我々二人の関係性について考えを巡らせてきてくれたのかもしれないな、と、今になってふと当時の彼女の真剣な表情を思い返したりする。


いつもありがとうのかたも、はじめましてのかたも、お読みいただきありがとうございます。 数多の情報の中で、大切な時間を割いて読んでくださったこと、とてもとても嬉しいです。 あなたの今日が良い日でありますように!!