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第二十八話

 RPGの中の、非常に面白くないミニゲームでやっと高得点が取れた星陽は、セーブをするとヘッドフォンを外して机を振り返った。
 弥幸がチュッパチャップスを咥えながら、公認会計士試験テキストのページを繰っている。何かに集中している弥幸は周りの一切を遮断できるらしい。叫んだり罵ったりしながらゲームをしていたのだが、特にうるさくもなかったようだ。
 肘をつき少し気怠るそうに読んでいる姿が何とも言えず絵になる。
 星陽は携帯充電コードの線を素早く抜いた。十数枚写真を撮ったのだが、この姿が正面からしか記録に残らないのは勿体なさすぎると気づく。360度回り込みながら、更に数十枚撮影した。拡大してはそれぞれ確認し、あまりのカッコ良さに1人悶えるというデフォルトを繰り返した後、しばらくは勉強をする弥幸の背中を眺めていた。
 のだが、だんだんと我慢できなくなって来た。
 背中に抱きつくと、驚いて振り返る弥幸の口からチュッパチャップスを引き抜いて咥える。あと僅かだったそれをガリっと噛み砕くと、耳元で言った。
「なあ、したくなってきた」

 叶芽は正義の様子をじっと観察していた。
 生真面目な正義はそれゆえに振り切ったことをする所があり、まだ学生だというのに、マンションのモデルルームを家具付きでそのまま買った部屋に住んでいる。一緒に見に来た時と何一つ変わらず維持されているインテリアの中、腕まくりをして食器を洗った後食卓を軽く水拭きし、アルコールで端から端まで再度きっちり拭く。その間に水切りができた食器類の水気を、シワひとつない真っ白な布巾で綺麗に拭き取った。決まった場所に決まった順番通りにしまうのも丁寧で、今日はやたら時間をかけている。
 ソファセットに移動している叶芽の前にあるワインの瓶は既に半分以上空いていた。食事中から飲んでいるが、このほとんどは叶芽が消費したものだ。家事が終わった正義が炭酸とウイスキーを持って来たので、自分はハイボールを飲む気らしい。
 作るハイボールは薄めだ。
それを見た叶芽は、ニュースをぼんやり眺めている正義がグラスを置いた時、襟元を掴んで自分に引き寄せた。そのまま仰向けにソファに寝転がる。ソファの背に腕をかけ、顔の横に手をついて見下ろす正義を見上げながら、叶芽は言った。
「正義、今日は僕を抱きたいんだろう?」

 1日が終わり、次の日に入って1時間くらいした夜中、ドアからガチャガチャと音がした。暗室代わりにしているクローゼットからちょうど出たところだった空知は玄関に急ぐ。
「待って。今、鍵開けるから」
やはりドアの向こうにいたのは愛和で
「おまえ、またやって来たなー」
いいよ、おいで、といつものようにハグしようとして、手を止めた。
「…その首どうした?」
襟元から、内出血の跡がグルリと見えている。
「あーこれでしょ。ひどいよね。しばらくハイネックしか着れないよ。ほら、ここも」
手首を見せる。そこにも同じような跡があった。
「人たくさん連れて来てくれる社長がいるんだけどさ。ダンディだしいいなと思ってたら本性出して来て」
靴を脱ぎながら続ける。
「首輪つけて手首拘束して、ベッドに繋ぎ出すんだよ。まあお得意様だし?そのまま最後まで望み通りしたけどさ。次の時エスカレートするようだったら、さよならするよ。商売道具の手ぇ怪我させられたらたまんないしな」
相手が寝入ったところで逃げて来たということで一緒にシャワーを浴びながら、空知は全身をチェックする。
「青あざも傷も結構あるな。何されたんだ?」
詳しく知りたくはないので、どんな相手で何をしたか普段は聞かないのだが、今回はさすがに尋ねてしまった。
「普通に叩かれたりとか、縛られたりとか」
シャンプーを流す愛和にシャワーをかけながら、空知は言った。
「それはちょっと…どうなんだよ。お前の身が危険なんじゃないか?」
生理的に無理じゃない限り、こいつは誘われたら誰とでも寝る。最初から知っていたことだしそれ自体は良いのだが、怪我をさせられているとなると見過ごせない。
「んー。大丈夫じゃないかな?あのおっさんに腕っぷしで負ける気はしないし。我慢できなければ殴って逃げるよ。自分のやってること考えたら、どっかに訴えることもできないだろ」
髪をすすぎ終わった愛和が
「それよりさ」
と空知を振り返って、イタズラっぽく笑う。
「風呂場でするって、良くないか?」
空知は軽くため息をついた。
「ホント、お前と付き合えるのは俺ぐらいだろうな」
そのまま斜めに上向かせ、シャワーの水流の中でキスをした。

 今まで使っていたパジャマが古くなったからと、満月は新しいものを用意した。今回はゆるいTシャツが長くなったタイプで、ズボンはなく膝半ばくらいの丈だ。千聖が子どもの頃良く着ていた形で、あの頃も可愛かったが今も似合っている。だが風呂上がりにこれを用意していた後から、背中越しでしか話してくれない。
満月の部屋の隅で体育座りで壁を向く、膨れっ面の千聖に満月はオロオロと声をかける。
「なあ、俺なんかしたか?」
「別に。満月は悪くないよ。これ楽だし」
だが千聖は明らかに機嫌が悪い。
大きなため息までつき、ボソッと言うのだった。
「サイズが合ってて、袖丈も本当にピッタリだしね」

弥幸くんと星陽くん(byロロたんめん様)
叶芽先輩と正義先生(byぽよ様)
そして、社長のその後…(byなのはな様)

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第二十九話〜弥幸✖️星陽

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