石灰(いしはい)
石灰(いしはい) 一名 染灰 散灰 垔石
今、近江の物 上品 とす。美濃、又、是に等し。是、金気なき地なれば也。元は、和州吉野 高原 に焼初て、其年月 未詳 といへども、本朝用ひきたること 甚 古し。桓武天皇、大内裏 御造営 清涼殿 御座の傍に、石灰■ [■=木+西+且] を塗作らせたまひて、天子親四方拝などの𡈽席とす。其外、人用に益することもつとも多し。先、億萬の舟楫、億万の垣●、凡水を載るの物、構洫器物に至るまで、是に寄ざれば成らず。實に天下の至宝なり。諺 に 都なす処、百里の内外 土中かならずこの石を生ずといへり。
※ 「石灰■ [■=木+西+且] 」は、石灰檀 。平安宮内裏の清涼殿にある、土を板敷と同じ高さにまで盛り上げて表面を石灰で塗り固めた場所のこと。(東廂 南端の二間、仁寿殿 南廂東端の二間)
※ 「舟楫」は、 舟楫 。ふねとかじ。または、船で運ぶこと。
今、江州伊吹山 近邉、又、石部に焼物 皆 青石なり。山州鞍馬に焼物は、夜色石にて、青石には劣れり。青白なるは、是に次●、石は必土内に掩ふ事、二三尺なるを堀取りあらはれて、風霧を見る物は取らず。伊吹山の麓 更地山 は 一面の青石なり。
島筋ある物は 下品とす。堀出し、矢をもつて打破り、手 ● 轉木を以て、二百間斗の山を磨落せば、凡砕けて地に付く。くだけざる物はよしとせず。やぶ川は舩にて渡せり。蠣●を焼くもの、石灰に劣れり。
焼法は
窯の高さ三尺、廣さ 周径 四間計田土にて製る。下に風の通ずる穴あり。先、石を尚 打砕きて、程よく満しめ、其上へ炭を敷きならべて、火を置き、火気満て底に透る候ひて、火を消し、灰を取出して、幾度もしかり。又、美濃にて焼く窯の方は異なり。櫓窯といひて、高 一𠀋、周径三尺斗、内は下程 次第に 細く三角になして焼たる灰を自然と底に落さんが為なり。石を炭とを夹みて幾く重も積重、下より焼きて、火気を登せ底よりさきへ燔落るを横の穴より■ [■=扌+癶+虫] 𡈽せり。かくて次第に、石と炭とを上へ積添て、燔初むるより、凡 百日斗の間、晝夜絶る事なし。
是、中華の方のごとく、尤夏冬は 燔ことなく、燔きて二十日 許 風中におけば、■ [■=執+火] に蒸せて、自然吹化して粉となる。又、急に 用る者は、水をそゝげば 忽ち觧散す。しかれども、風化の物をよしとして、はじめより俵に篭めて、風のあたる處におき、尚、貯へ置けば、次第に目も重く、灰も自然に倍しはじめ、ゆるき俵も、後には張切る許とはなれり。是をフイルといふ。かくて、一年づゝを越えて、かはる/\に市中へ送り出だせり。
さて、かくなりて後は、大 に 水を忌めり。もし、水を沃げば、忽ち 燔出ていかんともする事なく、故に、舟中には是を専と守り、又、牛に負ふせて出るに、若 雨にあひて、火出て牛を損すを恐れ、常に、牛御 の腰に鎌をさし、結たる縄を手ばやく切解の用意とす。
蠣灰
蠣房のことは、蠣の条下にいへるがごとし。年久しき物は 大さ 數𠀋 﨑嶇として、山形のごときものもあり。海邉の人は、別に鑿と槌を持して、足を濡して是を採りて、燔き用ゆ。今、薬舗に售所の牡●は、即此砕けたるなり。
大坂などに用ゆるもの、多くは 此灰にして、石灰はすくなし。故に、灰屋招■ [■=片+早] に 本石灰と記しぬる物は、近江の物をさせり。燔方石灰にかはる事なし。但し、蛤蜆を燔たるは、至て下品なり。
灰用 方
舟の縫合せの目を固うするには、桐の油、魚の油に、厚き絹、細き 羅 を 調へ和して、杵く事 千許にて用ゆ。
又、墻石砌などには、先 篩ふて 石塊 を去り、水に調へ粘合せ、油を加ふ。
壁を塗るには、帋苆を加ふ。
水を貯ふ池などには、灰一分に河 ●黄土二分、土塊を篩ふて水に和し、粘合せて造れば、堅固にして、永 ■ [■=陏+𠆢+小] 壊 せず。此余澱を造り、又、紙など造にも加え用ちゆ。尚、其用枚述べからず。
筆者注 ●は解読できなかった文字を意味しています。
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