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【古今名婦伝】小野小町

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『小野小町(古今名婦伝)』

小野小町おのゝこまち

出羽では郡司ぐんじむすめとも、小野好實おのゝよしざね猶子ゆうしともいふ。和歌わか衣通姫そとをりひめながれをくんで、そのころ歌仙かせんなり。

あるとき内裏だいり歌合うたあはせ大伴おほとも黒主くろぬしつがひて、まかなくにの歌をよむ。黒主くろぬしあんこれきゝ我歌わがうたおよばぬをなげき、このうた 万葉まんえう古歌こかなりといひて、万葉まんえう双紙そうしいだす。

※ 「|猶子《ゆうし」は、兄弟の子。甥、姪。
※ 「衣通姫そとをりひめ」は、允恭いんぎょう 天皇の妃で、皇后 忍坂大中姫おしさかのおおなかつひめの妹。和歌三神の一として、玉津島神社(和歌山市)に祀られています。衣通そとおりは、美しさが衣を通して輝くという意味。

小野小町
生没年不詳(平安時代前期)

小町、面目めんぼくうしなひしが、かの双紙そうしるに、ぎやうもしどろに、すみつぎもたがひたれば、この双紙そうしあらひてたきよしをみかどに願ひ、おまへにてあらひければ、まことうたいで、小町がいた古歌こかならぬほまれあらはれ、これを双紙そうしあらひといふ。

  まかなくに 何を種とて 浮草の
     浪のうね/\ おひ茂るらん

『古今名婦伝』に書かれているエピソードは、『草子洗小町そうしあらいこまち』という能の演目で、小野小町おののこまち大伴黒主おおとものくろぬし歌合うたあわせ をする話です。

ストーリーを見てみましょう。📖

歌合の前日、小町の屋敷に忍び込んだ黒主は、小町の歌を盗み聞きます。

まかなくに 何を種とて 浮草の
浪のうね/\ おひ茂るらん

それを聞いて勝ち目がないと感じた黒主は、ある策を思いつき、それに似せた歌を万葉の草紙に書き込みました。

まかなくに 何を種とて 瓜蔓の
畠のうねを まろびころび歩むらむ

出典:Art Institute of Chicago「Ono no Komachi Washing the Copybook (Soshiarai Komachi)

そして、歌合うたあわせ 当日。

小町の歌が読み上げられると、黒主は「その歌は万葉の古歌だ」と声を上げて訴え出ました。さらに、その証拠として万葉の草紙を取り出して、みかどの前に差し出します。

出典:Art Institute of Chicago「The Poetess Ono no Komachi

盗作者の汚名を着せられた小町。人々の冷たい視線をうけ、心を痛めながらも草紙をよく見ると、その歌の箇所だけ行の整えや墨色が不自然であることに気がつきます。

これは黒主の陰謀にちがいないと察した小町は、草紙を水で洗いたいと願い出ます。

小町が水盤で草紙をそそぐと、書き加えられた歌が流れ落ち、入筆いれふで(後から加筆されたもの)であったことが明らかになります。

たくらみが露呈した黒主は自害しようとしますが、小町は歌道への熱心さゆえのことと許し、みかどもまたお許しになられて円満に収まります。そして、周りから勧められた小町が祝いの舞を奏して終わります。


日影ひかげに見ゆる松は千代ちよまで
松は千代まで
四海しかいの波も四方よもの国々も
たみざしもさゝぬ御代みよこそ
尭舜げうしゆん嘉例かれいなれ
大和歌やまとうたおこりは
荒金あらかねつちにして 素盞鳴尊すさのをのみことの守り給へる
神国しんこくなれば
花の都の春ものどかに/\
和歌わかの道こそめでたけれ

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『謡曲評釈 第7輯

謡曲や歌舞伎で
悪役として描かれる大伴黒主です。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『道化六かせん

小町といえば、やはりこの歌ですね。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『錦百人一首あつま織(小野小町)』

花の色は うつりにけりな いたづらに
わが身よにふる ながめせしまに



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