太閤たいこう 秀吉ひでよし公こうの 時ときには、泉州せんしう 堺浦さかいうら へ 着つきしを、其その後のち、肥前ひぜん 平戸ひらとに 移うつり、元亀げんきの頃ころより、長嵜ながさきに 改あらたまりて、今いまに 絶たゆることなし。此この 地ちは 元来ぐわんらい 山中さんちうなりしを、玉たまの浦うら 深江ふかへといふを 切きり開ひらきて、今いま 萬家まんか繁花はんくわの 湊みなととはなれり。

唐舩とうせんは、南京なんきん、北京ほつきん、ホクヂウ、チヤクチウ、其外そのほか、惣すべて 一年に十三艘そうを 来きたす。先まづ、薬種やくしゆ、絹布けんふ、砂糖さとう、紙かみ、器物きぶつ、其その 余よ 云いゝ盡つくしがたし。

野茂のも、深堀ふかほり、西戸にしとの 上あヶ所しよに 遠見とほみの 目鏡めがねを 居すへて、凡おほよそ 海上かいじやう 四十里 許ばかり を 見通みとをし、入舩にうせんの 影かげを 見みれば、追々おひ／＼ 旛はたを 立たてて、宦聴くわんてうへ 誅進ちうしんし、舩ふねの 近ちかづくを 見みれば、大おほ通詞つうし、小こ通詞つうし、其その外ほか 宦人くわんにん、舩ふねを 飛とばせて、是これを 迎むかへ、唐舩とうせんに 乗移のりうつり、御朱印ごしゆいんなどの 検校けんかうを ●て、着岸ちやくがん 荷揚にあげを 催もやうすに、上荷うはに舩ふね數す艘そうを 出いだし、新地しんち御蔵おくらへ 納おさむ。

※ 「新地しんち御蔵おくら」は、江戸時代に長崎の新地町に作られた唐船の荷物を収納するための倉庫。新地しんち蔵所くらしょ。

此この 荷揚にあげ 終おわれば、ぼさ揚あげ と 云いふことあり。是これは、すべて 舩中せんちうに ぼさといふて、本邦ほんぽうの 舩玉ふなたまに 等ひとしき 宦人くわんにんの 姿すがたなる 像ぞうを 祭まつる。

※ 「舩玉ふなたま」は、船玉ふなだま。 航海の安全を守る神、または、漁船の守護神として信仰されている神霊のこと。

其その 像ぞうを 長嵜ながさきの 寺てらへ 預あづけ 納おさむる。其その 行装ぎやうそう  甚はなはだ  いかめしく、昼ひるも 挑灯てうちんを 真先まつさきに 照てらし、辻々つぢ／＼にて 鉦どらをならし、棒ぼうを 振ふりて、踊躍ゆやくす。人ひと、是これを 関羽くわんうの像ぞうなりと 云いうは 誤あやまり なり。

※ 「関羽くわんう」は、後漢末期の武将。

舩ふねは 梅うめが島しまといふ 所ところにつなぎ、人々ひと／＼、唐人とうじん屋敷やしきへ 入いりて、ともに 無事ぶじ着ちやくの 賀宴がえんを 設まうく。此時とき、丸山町まるやままち、寄合町よりあいまちの 遊女ゆうじよあまた 来きたり、客きやくを 定さだめて、■■きやうわうす。 [■は八+食][■は䧹+食]

此この後のち、出舩しゆつせんに 臨のぞんで、御ご定法でうはうの 御おん渡わたし物もの、煎海鼡いりこ、昆布こんぶ、干鮑ほしあわび、紙かみ、傘からかさ、ぬり物もの、ふかの鰭ふれ、茯苓ぶくれう、其その外ほか、小間物こまもの 數す品ひん、或あるひは、時ときの 好このみにも 任まかせらる。

※ 「御ご定法でうはう」は、公に決められたきまり。
※ 「茯苓ぶくれう」は、漢方の生薬のひとつ。松の根に寄生するサルノコシカケ科ノマツホドの菌核を乾燥したもの。

又また、唐物とうもつは 宦聴くわんてう 御おん拂物はらいものとなり。古格こかくの 商人あきうどより 入札いれふだして、是これを 配分はいぶんす。

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