後撰集
泊瀬はせへ　● ふつとて　山の辺といふ　わたりにて
　草枕くさまくら　旅たびとなりなば　山の戸べの
　　　　白雲しらくもならぬ　我や 宿やどらん
　　　　　　　　　　　　伊勢

山辺里やまべのさと は　石上いそのかみ といふ　所にあり

古今集　秋
仁和のみかど、親王みこにおはしましける時、ふるの瀧 御覧せんとておわしける路みちに、遍照が母の家に やどりたまへりける時に、庭を秋の野に作りて、御物語のついでに読てたりける

里はあれて　人はふりにし　宿なれや
　　庭も籬も　秋の野らなる
　　　　　　　　　　　　　僧正遍照

二階堂にかいだう
添上郡 虚空こくう蔵ざう　如意山弘仁寺

當山は、嵯峨さがの天皇の 勅願ちよくぐはん寺、日本三虚空蔵也。弘仁五甲午年造立。

二階堂にかいだう
二階堂町にあり。本尊は、虚空こくう蔵ざう菩薩ぼさつにして、膳夫かしはて寺てらといふ。むかし 膳夫かしはて姫ひめの造営なれば也。初は、天香久山あまのかくやまの北表にあり。抑、膳夫かしはて姫ひめと申は、あやしの 賤しづの子にて、根ね芹せりを 摘つみ居ゐけるを、聖徳しやうとく太子 ほのみそめたまひしより、むかへて 妃ひとせさせ給ふと、能登傳に見へたり。

布留社
弓ゆみになり　鎗やりにふるのゝ　松の雪
　　　　　　　　　　　　　沾徳

布留野ふるの
桃尾に行道の瀧の馬場ばゝといふ所、ふる野なり。

石上いそのかみ 布留社ふるのやしろ
布留村 及び 四十八村の氏神也。例祭 九月十五日。
夫當社は、延喜えんぎ式の 石上㘴いそのかみにいます 布都ふつの 御魂みたまの 神社じんじやにて、常陸國ひたちのくに 鹿嶋かしまの 神宮と 同躰どうたい 十握劔とつかのつるぎ にてまします、又の 御名みな 天羽斬あまのはゝきりとも 號がうす。

抑そも／＼ 、此この 劔みつるぎ は、素戔嗚尊すさのをのみこと 出雲國にして 八岐やまた乃大虵おろちをたいらげ、その 尾ををきり給ふ時に、剱つるぎの 刃はすこしかけたり。いかなればとて、その尾を 割さきて見給へば、尾の中に剱あり。是これ、草薙くさなぎの 剱つるぎにして、尾張國おはりのくに 熱田神あつたのしんなり。蛇をろち をきる剱は 蛇をろちの麁正わらまさと号し、石上に㘴います（日本紀）。又、天羽斬あまのはゝきりといふは、大蛇おろちを 羽|《はゝ》といふ故なり（古語拾遺）。

布留瀧　桃尾瀧ともいふ。

布留瀧ふるのたき
桃尾山にあり。桃尾瀧ともいふ。翠巒すいらん峩々がゝとして、飛泉ひせん 三反ばかり、白虹はくこう雲くも を 穿うがつて 潟そゝぎ、寒聲かんせい 月を 誘さそふて 走はしる。絶景ぜつけい 窮きはまり 無なふして、廬山ろさんの銀河ぎんが 三千尺せきともいひつべし。

内山 永久寺

永久寺　門前

内山うちやま 金剛こんごう 乗院じやうゐん 永久寺ゑいきうじ
山口村の東にあり。鳥羽院とばのゐんの 御願ごぐはんにして、開基かいき  釋しやくの  亮慧りやうゑ 真言しんごん 傳法でんぽうの人也。此地ち、五鈷この 形かたち の山にして中央に 山峰さんぽうあり。されば、内山と 号がうせり。

永久年中ねんぢうの 草創さう／＼なれば、永久寺と 名附なづけたり。宗旨しうしは 真言しんごんにして、本堂には 阿弥陀あみだ佛ぶつを 本尊そんとす。奥院をくのゐん の 不動ふどう明王めうわうは、日本三躰たいの其一なり。観音堂くはんどんどう 千躰たい、佛堂、二層そ塔たう、大師たいし堂だう、真言しんごん堂には 大日如来によらいを安す。額がくは、鳥羽院の 宸筆しんぴつ也。

鎮守ちんじゆの社は、清瀧せうりう権現ごんげん、岩上明神みやうじん、長尾ながを天神てんじんを 勧請くはんじやう す。又、元弘年中、笠置城かさぎのしろ 没落ぼつらくの時、後醍醐ごだいご天皇しのびて 入御じゆぎよし給ふ 遺跡いせき、本堂の 乾いぬゐにあり。又、大 塔宮たうのみやも 此内山に 隠かくれ給ふ。其外、諸堂しよだう 魏ぎゝはことして、子院しゐん四十七坊ありとなん。宗派しうはは、醍醐だいご金剛院こんごうゐんの 法流ほうりうにして、當山とうさん派はの 法頭とうなり。

大和神社やまとのじんじや
人皇十代、崇神すうしん天皇 紀とし 五年の 御鎮座ちんざより、今一千八百七十余年になる。

大和やまと 大國おほくに 魂社
新泉にゐづみ村にあり。延喜ゑんぎ式曰、大和 㘴います 大國魂神社 三■ [■は广+㘴]  并 名神大月次、相嘗、新嘗にいなめを祭まつる。文徳もんとく實録じつろく 曰、嘉祥かしやう 三年十月従二位を 授さづく。三代實録曰、貞観ていくはん 元年従一位を授く。近郷八村の氏神とし、例祭れいさい 四月朔日。

釜口かまのくち　長岳寺ちやうがくじ

釜口山ふこうざん 長岳寺ちやうがくじ 金剛こんがう身院しんゐん
柳本の東にあり。弘法こうぼう大師の 開祖かいそにして、本尊は虚空蔵こくうざう菩薩ぼさつ也。本堂の 傍かたはら には 大師の 影堂ゑいだうあり。又、寶池ほうちあり。このほとりに、愛染堂●いせんだう 山中には 僧坊十所ありて、西の山頂に古城の跡あり。其 麓ふもと に、千塚つかといふあり。戦死せんしのものを 瘞うづむ所と也。

三輪社　大三輪寺若宮

三輪山
一名 三諸みもろ山やま、又、神並かみなみ山といふ。三輪町のひがしにあり。詞林葉抄曰、三室むろ 神南火かみなみ、神楽注秘抄曰、三室みむろとは 神のやしろなり。

夫 三諸みもろ山は、孤峯こほう 峻抜しゆんばつ して、林木りんもく青葱せいそうたり。これを 眺みるに 群山ぐんさんに 異こと也。山頂に 不動ふどう薬師やくし地蔵ぢざうの 三石の像ぞうあり。奥をくの不動といふ。又、弥勒みろく石像、弥勒みろく谷たににあり。高六尺。

三輪わ 一鳥居とりゐ
続後撰
みしめ引　三輪の杉むら　古にけり
　　これや神代かみよの　しるしなるらん
　　　　　　　　　　　　　為家

長者屋敷
古今
我わが庵いほは　三輪の山もと　恋こいしくは
　　　　　とぶらひきませ　杉たてる門
　　　　　　　　　　　　読人しらず

三輪社　（神名帳）
大神大物主神社
名神大月相嘗新嘗三代實録曰、貞観元年正月授　ﾘ　二従一位　ｼ　一二月授　ﾘ　二一位　ｦ 　一三十村民共　ﾆ 預祭祀さいし古記云 大巳貴命平　二定萬國　ｦ　一功績既　ﾆ 成　ﾃ 仍營建　ｽ。宮殿　ｦ 於日本國之三諸々山　ﾆ　一就而居住　ﾆ 此　ﾚ 大三輪之神也。社　ﾉ 傍　ﾆ 有　二一株ノ老杉　一名　ﾃ 曰　二  験杉しるしのすぎと 　一。

三輪社　久代そのかみ 大鳥居の 額がく
神代かみよの 文字もじと云云

長三尺一寸　横廣處一尺一寸七分

玄賔菴げんぴんあん
発心集曰、ならの帝の御時、大僧都になし給ひけるを 辞じし申しとて読る。

三輪川の　清きながれに　すゝぎてし
　　衣の袖も　又は汚けがさじ
　　　　　　　　　　　玄賔僧都

飢食松花渇飲泉
偶従山後到山前
陽坡軟草厚如織
因與鹿■相伴眠　　[■は鹿+米]

これは 唐たうの 銭起せんきが 詩しにして、其俤もこゝにうかみ侍る。

新古今
駒こまとめて　袖そで打はらふ　陰かげもなし
　　　佐野さののわたりの　冬の夕ぐれ
　　　　　　　　　　　　　定家

佐野渡さのゝわたり
井蛙抄曰、佐野の舟橋ふなはし、又は、佐野の中川瀬絶してなどゝよめるも上野かうづけ國なり。又、佐野の岡おかとよめるは紀伊きひ國、佐野のわたりは大和國なり。

源氏げんじ物語ものがたり に、薫大将うき舟にたづねそめたる所に、三条のたびのやどりに、大将いとしのびておはしたりとかく案内いはせ給ほど、やゝ久しく「さのゝわたりに家もあらなくに」など口ずさびて、さとびたるすのこのはしつかたに居給へり。

新古今
敷嶋しきしまや　高円山たかまどやまの　雲間くもまより
　　　光さしそふ　弓ゆみはりの月
　　　　　　　　　　堀川院

礒城しき嶋しま 高圓たかまど山
三輪崎の 巽たつみ、赤尾山の東、瀧谷村にあり。

初瀬寺

泊瀬はつせ山やま
初瀬はつせ村むらの 上かみにあり。嶺みねめぐり 谷たに 幽かすか にして、山口翳す故に、隠口こもりくの 初瀬はつせと呼ぶ。八雲やくも御み抄せう云、海士あま小舟おふね初瀬はつせ山といへり。

詞林しりん採さい葉抄●うせう云、隠口かくらく、隠口かくれく、隠口こもりく、隠江こもりえ、先達 古訓こくんかくの如く、區まち／＼ なり。其中にかくらくは、字の 訓くんなるゆへに、尤 そのいはれあり。こもり江、更に相叶かなはず。若もし うたがふらくは、口くちの字を 草さうにして 大きなるが 江ゑに 混こんずるか、所詮しよせん、此所は 山の口より入て 奥おくふかき故に、篭口こもりくの 初瀬はつせといふなるものを、大初瀬、小初瀬ともあり。

初瀬鳥居

泊瀬観音閣
泊瀬春雲五色間　観音高閣占名山
鈴鈴金策誰家客　三十三大次第攀
　　　　　　　　　　服元喬

壬二集
紅くれないの　うす花 桜さくら　ほの／＼と
　　朝日いさよふ　小初瀬はつせの山
　　　　　　　　　　　　家隆

一鳥居は、初瀬町の入口にあり。額がくは、菅神述作し給ふ。本縁起の中の蔵王ざうわう権現の真詞なり。隷書れいしよにして、安井御門跡道信卿の御筆なり。

功徳成就墜　諸佛経行砌
諸天神衹在　此山根威験

源氏物語
玉かつらの内侍、つくしよりはやふねにて京へのぼりけるに、しるかたなく、父おとゝにも いまだ申さず。又、源氏のおとゝもしり給はず。水鳥のくかにあかり、巣すをはなれたる鳥のやうにて思しめし、かなしみける。かなしさのまゝ神仏に御しるべたのみ給ひて、先 初瀬へうちにて参仏に祈いのり申せば、かの右近はせにて参りあひ、たがひになのり給ふ。
その時のうたに
　ふたもとの　杉のたちどを　尋れば
　　　ふる河野べに　君をみましや

菅公神作霊文 曰
㘴瀧蔵権現於泊瀬河上其所勝地而往古以来
諸天影向砌也
脇於彼社有天
人所造之毘沙門天
王古人未辨其名
喚為天霊神矣雷
取登空之時御午
寶塔流而泊此山麓
三神里神河瀬此内
宿祢卜筮曰斯授天
徳表地榮也　云々　下略

古今
はつせにて梅を
　　人はいさ　心もしらず　故里は
　　　　花ぞむかしの　香に匂ひける

宿からん　花に暮なば　貫之の
　　　　　　　　素堂

泊瀬はつせの小野をのは、初瀬里の西にあり。むかし、雄略ゆうりやく天皇 六年二月、帝みかど 泊瀬はつせの 小野に 遊猟ゆうりやうしたまひ、山野さんやのけしきを 叡覧ゑいらんありてよみ給ふ。

日本紀 曰
こもりくの籠国、泊瀬の山はいまたちの今時也。よろしを山はあやに続うらぐはし麗也。あやにうらぐはし。

八尾里やをのさと 鏡作社かゞみつくりのやしろ
鳥居とりいの 内うちに 鏡池かゞみのいけあり。俗に、神代の 鏡かゞみ を 鋳ゐし時の 水也と云傳ふ。今は、水 涸かれて芝生となる。

堀川百首
みさひゐる　鏡の池に　すむ鴛鴦をしは
　　　みづから影を　ならべてぞすむ

夫木
逢あふ事の　とをちの里は　大和やまと川かは
　　おもはぬ中に　有とこそきけ

むかし、菟田郡に 押阪おしさかの 直●●といふ人あり。雪中より紫の菌を得て 食しければ、病やまひもなく、壽いのちも長く侍ける。これ、鬼谷子がいふ、瀛州えいしうの不死尊の ● ならん。

漆部仙女ぬりべのせんじよ

塗部郷ぬりべのがう
今いま、曽爾そにといふ。むかし、宇多郡 塗部ぬりべの郷に 風流ふうりうの女あり。花顔くはがん蝉■せんきやう [■は髟+共] にして、一笑しやう千金せんきんの 容色ようしよくなり。是 すなはち、かの部内ほうない 塗辺ぬりべの 造みやつこ麿まろ の 妾しやうにして、七子を 産うめり。家いへ 困窮こんきうして、食しよくとぼしく、衣ころもを 織をるに 便たより なし。藤ふぢを 綴づゞり、日々 沐浴ぼくよくして 身みを 潔きよくし、綴つゞれを 絡まとふ。日毎ひごとに 野のに 出いでて、菜草さいさうをとり、常つねに 家いへを 浄きよめて、糸竹しちくを 調しらべ、端座たんざに 唱うたひし 含情がんせい、恰あたかも 天上の 客かくの如し。

鶬ひばり山やま　中将ちうじやう姫ひめ

日張ひばり山やま
又、鶬ひばり山と書す。宇賀志村にあり。山中に青蓮せいれん尼寺にじなり。鶬ひばり山 紫雲しうん菴あんは、中将姫法如尼ほふによにの 閉籠へいろうの地なり。それより傳へて、尼あまの 住院ぢうゐんとして、勤行ごんぎやう 今いまにたへず。

抑そも／＼、中将 局つぼねは、横佩よこはぎ 右大臣 豊成とよなりの 息女そくぢよなりしが、継母まゝはゝの 讒ざんにかゝりて、ひばり山に 捨すてられ、幽谷ゆうこくに 籠こもりて、命を草葉の 露つゆにあらそひ給ひしが、父大臣、此山に 狩かりしありき給ふに、不意ゆくりなく  對面たいめんして、故郷ふるさとにかへり給ひぬ。

更に、厭離穢土の心 絶たへやらずして、當麻たいま寺の實■じつゐ [■は巾+隹] 法師を師として 髪かみおろし、善心尼と申き。又、改名して 法如尼ほうによにと申す。こゝに 庵いほりを 結むすびて、紫雲菴と号し、佽求こんぐ浄土じやうどの 外ほかは 心こゝろにまたなし。終つひに、浄土曼荼羅をえて、往生の 素懐そかいをとげられし也。酉曼荼羅抄。