帝銀事件覚書

帝銀事件・昭和23年1月26日 東京豊島区
夕方に起きる
保健所の職員を名乗る男が赤痢菌保有者が
この銀行を訪れたと当局が情報を掴み
直ちに予防薬を飲むようにと派遣された
としかしそれは真っ赤な嘘で予防薬とは
実は毒薬で16人中12人が死亡
犯人は悶絶する被害者を悠々と見届け
現金と小切手を奪い逃走
しかしその7か月後に著名な画家
平沢貞道が逮捕され世間は驚いた
平沢貞通死刑囚一流画家で横山大観の弟子
しかしこの逮捕は多くの疑問が残る
竹内正子(生存者)平沢は犯人じゃないと思う
と証言即死する青酸カリを使用と発表も
毒物は遅効性だった
また警察は当初軍関係者を疑っていたなど

甲斐文助捜査一課係長帝銀事件の全てを知る
膨大な捜査記録を残した
捜査手記2289ページ
捜査半年で日本軍秘密戦関係化学生物謀略
ほぼ全容を掴んでいた

南方軍防疫給水部占領下東南アジア支部拡大
戦場の汚水を濾過して感染症予防を主な任務
同時に毒物研究(青酸を使った研究)
原住民を人体実験に利用 松井シゲル関連
厚生技官 松井しげる(平沢と名刺交換)

事件直後青酸化合物迄しか分からなかった

捜査は731部隊に辿り着く3000人の隊員
細菌の人体実験を旧満州で繰り返す
マルタと呼ばれる囚人3000人を人体実験
石井四郎部隊長
俺の部下に帝銀事件の犯人がいるような気がする

5度目の調受で青酸カリの人体実験を告白
憲兵の指揮官軍曹Aが犯人によく似てる
やりかねない人物
捜査に浮上が結局捜査の手がAに及ぶ事は無かった

登戸研究所が製造遅効性の毒物 青酸ニトリール
死後原因が掴めない毒物製造
登戸研究所 北沢隆次所員が毒物を複数の人間が持ち去ったと供述 自殺用に下さいと軍関係者が持ち出す
登戸研究所 731部隊と深い繋がり
幹部 伴繁雄
戦時下での諜報工作に使われる秘密兵器製造
未だに詳細不明の部隊
細菌を乗せた気球アメリカに飛ばす風船爆弾
中国経済を混乱させる精巧な偽札
敗戦と共に研究資料焼却

何故旧日本軍にこれだけ迫りながら平沢貞通へ犯人を転換させたか
GHQは戦時下日本で絶対権力
警察報道機関を管理下に置く
どれだけの権力か?
アメリカの公文書館でGHQ公安課が作成したと思われる帝銀事件の捜査記録が保存されている
刑事部長が軍の研究機関で毒物実験をした人物を調べているとGHQに報告
GHQの回答は帝銀事件と軍の秘密部隊との関連を捜査しているという事を少しでも触れる様な記事の掲載は検閲官が一切差し止める様に協力を要請する
何故GHQはこの件に触れない様に求めたのか
マッカーサー直々に731部隊の人体実験データを提出する代わりに731部隊の戦争責任を免責する様に提案
つまりGHQの方が731部隊の存在を世に伝わる事を望んでいなかった
東西冷戦下日本を反共の防壁と位置付けソビエトに日本軍の機密情報が漏れない様に神経を尖らせていた
GHQは石井四郎の元にも足繁く通っていた
アメリカも来てたしソ連も来ていて研究データを取り合った石井四郎部隊長娘談話
陸軍最高機関 参謀本部中枢で作戦の立案や指揮を担う以外の2人
陸軍中将 有末正三
大佐   服部卓四郎
2人は戦争責任を問われずGHQと急速に関係を深めた
帝銀事件について聞きたいと尋ねた捜査員に有末は軍の秘密を聞くにはGHQの関係で無理であろう
服部は石井部隊はGHQの関係あったこれを念頭に置いて捜査するのが一番
GHQの存在を仄めかし軍関係の捜索に難色を示し注意を与えていた

登戸研究所 幹部 伴繁雄 
平沢の逮捕後不可解な動き
凶器は即効性の青酸カリではなく登戸研究所が制作した遅効性の青酸ニトリールと帝銀事件の凶器を指摘していたのに平沢の裁判が始まる前警察に求められ捜査会議に出席しそれまでの主張を覆す入手比較的容易な青酸カリが帝銀事件で使用された毒物であると意見書作成し裁判でも同様の見解を述べ裁判の判決では凶器は青酸カリと認定された
平沢を有罪とする判決に加担した伴の晩年の未公開手記が発見されこう記されていた。
GHQG2に召喚される
戦犯の指名を受ける日がついに来た
取り調べに偽証したら巣鴨プリズンに収容すると厳粛に告げられ威圧感を覚えた
ギブアンドテイクの法則に従って協力を約せしめた 
GHQとどの様な約束を交わしたのか?
詳細語らず平成5年逝去

1948年昭和23年松本清張は生まれ故郷の小倉にいた。朝日新聞西部本社に勤務していた。1950年7月10日小倉城野キャンプで朝鮮戦争に赴く兵士が集められていたが近く激戦地に送られると不安になった米兵100人が脱走し近隣の住宅に押し入り窃盗や傷害レイプするなど多くの家で語るに辛い被害が有った
翌日新聞を見ると事件の詳細は語られずただ数名の米兵が逃亡中なので気をつけて下さいとの連絡事項程度にしか書かれていなかった
当然東京ではこの事を知る者は一人としていなかった その様な経験を踏まえ松本清張は描かねばならないという強い決意が漲った
松本清張の言葉 警視庁の主観が新聞の主観となりそれが読者の主観となり世論の主観となるのである

まとめ松本清張の推理
帝銀事件が起きたのは731部隊長石井四郎がGHQと取引した時期と重なるコレは偶然ではない 犯人は731部隊のA GHQとの裏取引で731部隊がどんな部隊だったかGHQと統治下日本がグルになって隠蔽 それが世に知らしめる為Aは731部隊のやった事を無かった事になんてさせるものかと、帝銀事件を起こす事で自分の運命を大きく狂わせた731その他秘密部隊は平然といとも易々とこんな事を実行出来る部隊人間性を失った戦争とはそういうものだ人間が人間で無くなるけどその人間性を、奪った奴はだれだ無かった事などさせるものかそんな部隊だったと世間にアピールしたかったのではないかと

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