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【昭和の昔話】マットアロー1号と空力少年だった頃のおいらの話

おいらが子供の頃、特に幼稚園から小学校低学年だった頃は、友達の野郎どもはみんなウルトラマンが好きだった。おいらの場合で言えば、帰ってきたウルトラマンが放送される時点で、まだ仮面ライダーは始まっていなかったので、ほぼほぼテレビの特撮枠は円谷独占状態だったと記憶している。夏休みはウルトラマンやウルトラセブンが毎度再放送されていたし、そこに週1で本放送のウルトラシリーズが夜に始まって、と畳みかけられていたのだから、そりゃ誰だって夢中になる。昭和40年代後半とはそんな感じの空気だったのだ。
もちろん、ウルトラマンの必殺技ポーズを真似てみたり、宇宙人の鳴き真似をしたり、と教室では友達と一緒に遊んではいたのだが、おいらはそうした着ぐるみでだけでなく、番組に登場するメカがとにかく好きだった。ウルトラマンなら科学特捜隊のビートルだし、ウルトラ警備隊ならウルトラホーク1号だったり、と特に飛行機には夢中になっていた。当時の特撮技術の限界もあり、そうしたアイ テムの飛行シーンには「吊っている糸」が見えてしまっていたものだが、それを外して実際に空を飛ばせることができるのだろうか?と夢想するような子供だった。
まぁ、今で言えば空力とか揚力の発生という部分に興味があったとなるのだが、詳しいメカニズムはわからなくても、例えばウルトラホーク1号は合体している状態なら飛ぶかもしれないが、α号、Б号、γ号へ分裂すると飛ばない(この飛行機は翼の部分が離れて更に2機に別れ、残された細い棒のような躯体も3機目となる)と感覚的にわかったので、カッコいいが実用的ではないと割り切って見ていた。言ってみれば、嫌な子供だったわけだw

そういう背景もあったので、帰ってきたウルトラマンに登場したMATのマットアロー1号を最初に見た時は小躍りして喜んだ。この飛行機なら吊るさなくても空を飛ぶんじゃないか?と思ったからだ。ウルトラマンと同じ銀と赤のツートンカラーもイカしていたし、一緒に飛んでいたマットアロー2号(飛行機というより空飛ぶ円盤のような機体デザインで、あの丸さでとにかく戦闘機という雰囲気ではなかった)やマットジャイロ(現在で言えばアメリカ軍のオスプレイと同じ垂直離着陸ができる双発のヘリコプターみたいな飛行機だった)にはない精悍さが堪らなかった。番組が開始された当初はこのおそらく巡航速度がそれぞれ違うであろう3種が編隊を組んで飛んでくる、というシーンもあって、1号ってそんなに遅い速度で飛べるの?と不思議に思って見ていたのだが、後に1号だけで編隊を組むことになり、ああ2号って使われなくなっちゃったんだなぁ、と勝手に残念がったりもしていた。どうも、こう、余計なことを考えながら番組を見ていた子供だった為か、なんか毎週放送が終わるとくたくたになっていたような気がするw

で、そうこうしているうちにどうしてもマットアロー1号が欲しくなり、お袋が買い物へ行く時に後をついていき、駅前のおもちゃ屋の前でなんでもいいからマットアロー1号なものを買って欲しいと頼んだ。おいらは、ずっと親に物を言えないまま過ごしていたので、いきなり「おねだり」を口にし始めたおいらを見てお袋がびっくりし、それでマットアローという言葉をずっと覚えていたほど「おいらと言えばこれ」になったようだった(亡くなる直前にも「買ってやるから」的なことをベッドの上で言っていたのだから、相当強烈に印象づいていたんだろうと推測している)。
しかし、おいらとしては完成品のおもちゃが欲しかったのに、買ってくれたのが組み立てが必要なプラモデルで、さすがにそれを7、8歳の子供が一人できっちり仕上げることはできず、その後何年も机の上に置きっぱにすることとなった。何年後かにスーパーカーのブームになった時、友達がランチアのプラモデルを作っているという話を聞いた際に、マットアロー1号を持ち出して一緒に作ってもらった記憶がある。部品の切り出しに必要なニッパーも持っていなかったのだから、一人ではどうすることもできなかったのだw

その頃になると、学校の図書室にある飛行機や自動車の図解を見て、早く走る為には何が必要か?空を飛ぶ為にはどんな翼が不可欠なのか?といった説明文を何度も読み返すようになっていた。どれもこれも空気が鍵で、「負圧」を利用してマットアロー1号を飛ばす為には、その特徴的な下向きの翼ではダメだ、なんてことがわかり、一人で頭を抱えていたりしていた。
一方で、その少し後にF1のロータスがベンチュリーカーを開発したという話を見た時は、あ!時速300kmで走るF1だって飛行機と同じように翼をつければ飛べる、でもその力を地面に車体を押し付けるように使えば早く走れる、そういうことか!と理解できたりもした。今でもF1が好きなのは、とどのつまりマットアロー1号と小学校の図書室にその原点がある「昭和の忘れ形見」だったと言っていい。

中学に入って、技術科教師が担任になったこともあり、工業デザインの話を聞きにいくようにもなるのだが、例えば翼をデザインしようとしても当時は何枚も雲形定規を揃えなければ、なんていう夢も希望もない話をされて、勉強する為だけでそれなりの出費が必要だとわかり、一気に熱が冷めてしまった。もちろん、空力デザイナーになる為にはどの学校へ行けばいいのか、なんて質問にも答えてはくれなかった。というか、空力という言葉もわかっていたのかどうか・・・。

さて、そんな思い出のあるマットアロー1号なのだが、今改めて見直すと、双尾翼水平安定板式の尾翼は「未来の戦闘機」を思わせるデザインで、これは直進方向に安定性を増すだろうな、と想像させる。機体がこの大きさならもっと翼は薄く大きくしたいところだが、MATのメカはどれも流体をモチーフにしてデザインされているのか(個人的には非常に女性的なフォルムだな、と感じている)、そのシャープさのないシェイプだからこそ今でも人気を集めているのかもしれない、と思う。実際に飛ばすことを考えない以上、このあたりはそれぞれの好みの問題になるということだろう。
実は、この後年に放送されるウルトラマンタロウになると、登場するメカも実用とは程遠いデザインになってしまい、翼に穴が開いている飛行機まで出てくるにあたり、一気に気持ちが冷めてしまうことになる。あ、タロウ自体は面白いシリーズではあったので、その点は誤解なきように、だ。ただただ、その飛行機は絶対に飛ばない、というだけの話なのでねw特撮である以上カッコよさは必須ではあるものの、あまりに現実離れしてしまうとシラケてしまう、令和になっても昭和の小学生は贅沢で偏屈なままなのだw

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