『あの子のこと』(61)「誘蛾灯」
キッチンカーが誘蛾灯の如く人を集める中、かながわカナリオンのキャラバン隊として、地元ラジオのサテライトスタジオにいた私をするどく観察する目があった。
「順調そうで何よりですね」
「おかげさまで」
特設サテライトスタジオから退出した私に、視線の主である立川さんが声を掛けてきた。
「今日の出番はこれで終わりですか?」
「はい。何とか噛まずにこなせました。立川さんもPRでこちらに?」
「そうなんですよ。異動で男性週刊誌のデスクになったとたん、とんだじゃじゃ馬軍団とご縁が出来ちゃって。ほら」
立川さんが指さした方を見て、私は思わずぎょっとした。
満面の笑みで避妊具と啓発用のビラを配るきらきらとした美女軍団の中に、あの見慣れた顔があった。
「すももちゃーん!」
「すももーっ。XLサイズおじちゃんにちょうだいよ」
「嘘ついちゃだめだよ。おじちゃんはSSっ」
まるで80年代アイドルのようにふりふりとしたミニスカートを履きこなしたつくしさんは、美女軍団の中でも一際異彩を放っていた。
『つくしさんは何やってもどこにいても絶対に生き残るタイプだ』
拓人さんの予言は当たったらしい。
あまりの忙しさに、停学処分を受けたすももさんがその後どうなったか頭に全く浮かばないままだった。
以前の私ならずっと気を揉んでいただろうに、忙しいとこうも周りが目に入らなくなるのかと改めて自分自身に驚く。
「デスク―!」
きらきら美女軍団の写真を撮っていた若手女性記者が、立川さんを大声で呼んだ。
「ごめん、呼ばれちゃった。これ異動先の名刺。じゃまた」
早口で名刺を私に寄越すと、立川さんは美女軍団に向かって小走りで駆け去った。
『【いくつになっても現役だ! 男が上向く情報誌 週刊実年】 デスク 立川守』
異動先がこれでは、立川さんに頼れそうにない。
異動前の女性向け雑誌ならばともかく、中高年男性向けのお色気ページ満載で知られた雑誌にヨガコーナーを設けたところで、どんな扱いになるか大体想像がつく。
私はため息をつきつつ名刺入れを取り出した。
事務所に顔を出して名刺を本郷さんに差し出すと、本郷さんが意外そうな顔をした。
「大手門常盤出版の立川さん――。ゆいが立川さんとつながってるとは思わなかった」
「立川さんをご存じなのですか」
「もちろん。うちの子たちもさんざん立川さんにはお世話になったもの。あの人が目を付けた女の子はバカ売れするってジンクスがあって、うちもライバル社も新人連れて立川さん参りは欠かさないの。ゆいも今度連れて行こうかと思っていたら、よりにもよってあの下品な雑誌に異動になって……」
「では立川さんはずっと女性誌一本だったんですか?」
「ほぼそうね。セレブ向け女性ファッション誌の立ち上げから関わってる人だから、人脈も凄いし。そもそもどうしてゆいが立川さんと知り合いなの? ヒロアカちゃんつながりでは無いよね」
「中高大学の友人の知り合いで、忘年会で話した事があって」
「その友達は何か大きいコネ持ってないかしら」
「コネ、ですか」
伊藤先輩や陽さんならば使える者は何でも使えと考えるだろうが、私はコネを使うと言う発想にどこか小ずるさを感じてしまう。
「コネがあるなら使わないのは失礼よ。人脈を断ち切るのは、血液の循環をせき止めるのと同じ事なの。社会にとってもゆいにとっても良い事なんて一つも無いわ」
私の心の内を読んだように、本郷さんが私を見上げた。
「私とその友人のサークルの先輩に谷崎さんと言う方がいて。その方も映像作家の伊藤さんと一緒に忘年会に参加しておられまして。結婚して姓が変わって。暁星さん。旦那様が大手門常盤出版の大株主の」
「暁星財閥のプリンスの奥様!?」
屋久杉のようにどっしりとアームチェアに掛けていた本郷さんが、弾かれたように立ち上がった。
「どうしてそんな大切な事を言ってくれないの、ゆい!」
私は世事に疎かったし、谷崎さんには『谷崎さん』のイメージしか無かったから、暁星財閥のプリンスの配偶者である事がどのような意味を持つのか全く分かっていなかった。
「ゆい、奥様に連絡取ってる?」
「いえ、忘年会以来何も」
「すぐに連絡を取りなさい。とりあえずそうね……。簡単な近況報告の一文でいいから。事務所に入ったとでもメッセージ送って」
言われてみれば、わざわざ忘年会に来てくれた相手に近況報告すらしないのは相手が誰であれ失礼だ。
私は慌ててスマホを取り出した。
谷崎さんからの返信はすぐに来た。
〈ちょっとゆい、今話せる?〉
はいと返信すると、すぐにスマホのバイブが震えた。
「ねえ、ゆい。あんたヒロアカの紹介した事務所に入ったんだ」
「はい。今事務所にいます」
「そう。あんたこの後ヒマ?」
確認を取ると、本郷さんは首を縦に振った。
「大丈夫です」
「本郷さんだっけ? いるなら代わって」
私は言われるがままに、スマホを本郷さんに渡した。
「ゆい。この世界で成功する気があるなら、覚悟を決めなさい」
通話の切れたスマホを私に渡すと、本郷さんは静かに、しかし有無を言わせぬ口調で告げた。
「今夜七時から、暁星財閥が主催するレセプションがあるの」
本郷さんはスマホの画面を私に見せてきた。
「音楽、美術、学術関連と暁星財閥が広く学生を援助していることは知っているわよね?」
「はい」
私は静かにうなずいた。
「明日から二週間の間、奨学生の発表イベントが都内数会場で行われる。それに伴って、国内外から招へいした専門家や篤志家が集まるのが今夜のレセプション。奥様は海外からのお客様の歓談相手として、ゆいをレセプションに招きたいそうよ」
時計の針は午後二時を指していた。
「受けるの、受けないの。今決めて」
「承ります。ご来賓のリストを頂けますか」
私の返答に、本郷さんは満足げにうなずいた。
「ギャラは発生しないけど、気合入れて顔を売って来なさい」
本郷さんは谷崎さんに連絡を入れるや、私のメークと衣装の手配に動き始めた。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
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