音楽劇 「浅草キッド」

11月26日(日)、無事大千穐楽を迎えられた事、ほんとうにおめでとうございます。
新型コロナウィルスの大流行から、舞台の中止や演者の変更など、何かしらのトラブルがつきまとう中での完走は、ほんとうに素晴らしいと思います。
私が知る限りでは、「フェードル」の初日が緊急事態宣言のために仕切り直しになってしまったこと以外で、林遣都くんの舞台が中止になった例はなかったと思います。
これはある意味、奇跡ですね。

そして私は、浅草キッド大阪公演を2度観劇。

私は昭和40年代生れなので、
漫才ブームは小学5,6年頃、ひょうきん族は中学生の頃と記憶している。
その中でもツービート、特にビートたけしと言えば、大活躍していたスターだ。
ビートたけしのウルトラクイズ、スーパージョッキー、元気が出るテレビ、
TVタックル、平成教育委員会、世界丸見え!テレビ特捜部…などなど。
彼の番組はほぼ全て見ていたと言っても過言ではないくらい、見ない日がなかった人である。

そんな人がまだ「北野武」だった頃。
何かになりたくてなれなくてもがいていた頃のお話。

「浅草」で出会った師匠や仲間との時間は、とても楽しかっただろうと思う。
お金もなくて、目指すものがわからなくて、将来が不安で。
それでもお酒を酌み交わし、あーでもない、こーでもないと言い合っている時間は、とてもキラキラとした「青春」だったのではないかと感じる。

それでも、才能がある人というのは、どこかで開花する瞬間があるし、
凡人だと芽が出ないまま、夢を諦めるという事もある。
一世を風靡した人にも下り坂はあるし、復活する人もいる。

深見千三郎という人を私は存じ上げなかったのだけど、
今回はその人生もハイスピードで振り返るシーンもあり、
ウィキペディアで調べてもいた部分ではあったが、とても波乱万丈な人生だったのだと改めて思った。
それでも、テレビで活躍する芸人を何人も育てただけあって、ご本人の才能もとても豊かな方なのだろう。

たけしさんがテレビ番組の中でよく、歌ったりタップを踏んだりしていたのを見て、子供だった私は「漫才師がなんでこんなことするんだろう」と不思議に思ったりもした。
今この物語に触れ、あの頃を回想した時に、「師匠・深見千三郎」への尊敬や憧れ、教えを忠実に守っていることへの表れだったのだろうと思う。

第一幕の終了間際は、とても賑やかで華々しい。
師匠の真似をしてタップを踏む武が、徐々に上達して、二人で揃える場面は見応えがある。
「この人になりたい!」と憧れて必死に背中を追いかける姿が、初々しくもあり、一幕序盤の拗ねたような、どこかぼんやりしたような武がキラキラと輝き始める。
目指すものが見つかった時、人間は同じ環境でも楽しみを見つけられるようになるものだ。
そんな場面でもある。

第二幕は、武の才能が徐々に開花していくが、それでも師匠の下から飛び出すことへの躊躇と、やりたいことへの葛藤が描かれる。

一幕の最後が、深見千三郎と北野武のベクトルがピッタリと合わさったという風に見れば、二幕からは徐々に下り坂へ向かう千三郎と、スポットライトを浴び始める武の陰影がより濃くなっていく。

光が強ければ強いほど、影は濃くなる、という言葉を聞いた事があるが、まさにそれである。

夢を諦めた仲間、時代は去ったと追いやられる師匠。
対照的に仕事が増え、スポットライトの下で活躍する武。

私が子供の頃に見ていた「ビートたけし」はいつも楽しそうに暴れ回っていたが、この舞台を観た瞬間、もしかしたらいつも心の中では浅草時代の仲間や師匠を背負ってたのかもなぁと感じた。
自分一人で出来上がった「ビートたけし」ではない、という思いがとても強くあったのではないか。
師匠の訃報を聞いた時に、静かにタップを踏んでいたというエピソードがより強くそう思わせる。

それでもきっと、深見千三郎氏は、愛弟子の活躍を喜んでいただろう。
自分から巣立った事を寂しく感じながらも、誇らしかったのではないかと思う。
「出藍の誉れ」とも言えるかもしれない。
たけしさんからしても、「従藍而青」を教え込んでくれた師匠にはずっと頭が上がらないだろう。
二人でお互いをからかい、悪口を言い合いながら、ずっと飲み明かしたいのだろうなぁと感じ、ラストの演出がまさにそう思わせるものだったので、泣き笑いしてしまった。

素直にお互いの気持ちを言い合えない二人だから、「音楽劇にした」という狙いは、見事にハマったと思う。

深見千三郎氏の育てた人の中には、テレビ界のスターになった人も多い。
それでもまるでコピーかと思う程にそっくりな喋り方なのは、ビートたけしさんだけじゃないかと思う。

X(Twitter)上に流れて来た深見千三郎氏のコントで、「ばかやろう、このやろう」の言い方が、完全一致していたのを見た時に、たけし氏の師匠への憧れと、「この人になりたい!」と追いかけた若き日を思い起こさせて、
二人の絆をより深く感じる事ができたと思う。

TLに流して下さった方に、感謝いたします。

昭和世代の漫才ブームで腹を抱えて笑った人も、深見千三郎氏を知っている方も、何も知らないけど俳優ファンの方も、演出家の方のファンの方も。
全方位で楽しめる舞台だったと思うので、再演を熱望致します。

そして、出演者の皆様、ほんとうに素晴らしかったのですが、ここはやはり最推しとその師匠にスポットを当てて。

浅草キッド観劇の目当ては、もちろん林遣都くんで、もし彼が出演してなければチケット購入すらしていなかったであろう作品ではある。

今回は「音楽劇」ということで、歌と踊りがあることは間違いなかった分、「うちの推しは大丈夫だろうか…」と少し心配したのは、正直な気持ち。

「風博士」の時は、ちょっと不安定な歌声、旋律だったのと、もともと声質が舞台向きではないと感じていた部分もあった。
でも、ご本人のインタビューでの特訓ぶりや、東京公演の感想などを見て、
大丈夫そうだな…と思いつつ、当日を心待ちにしていた。

序盤はやはり、「武」の心の揺れや不安、不満などが反映されてか、歌い方がちょっと投げやりだったりするのだけど、随分と声の張りが違っていたし、特訓の成果はあったと感じる。
(途中、ちょっと旋律が不安定に感じたけど、楽譜見てないからそこは気のせいかも)

それよりも、一幕最後のタップダンスが圧巻で、師匠の真似をしながら徐々に上達する様子が、ワンシーンで描かれるのだが、一緒に観劇した友達が、タップは遣都くんの方が上手かったと思うと言っていた。
山本耕史さんもとてもお上手なのだけど、遣都くんの方が力強くていい音が出ていたように思う。

ただ、私としては、彼の演技はやはり凄いと感じたので、そこにばかり目が行ってしまった。

「ものまねはしない」と言っていたけど、立ち姿、歩き方、後ろ姿。
どれをとっても「あ、ビートたけしだ」と思わせる佇まい。
私が子供の頃から見ていて知っている「ビートたけし」がそこにいた。
顔も背格好も違うはずなのだけど。
表情もくるくるとよく動き、見ていて全然飽きないのはさすがだと思う。

そして、ラストの歌、「浅草キッド」は泣けてしまった。

歌い方も声の感じも、たけしさんそのもので、この一曲だけでも切り取ってプレイリストに入れたいくらいのクオリティだった。

旋律を綺麗になぞり、楽譜通りに歌うことは基本だ。
だけど、「心」を届ける時に出て来る感情は歌の「味」になる。

遣都くんの歌う「浅草キッド」には、しみじみとした寂しさと、仲間や師匠を思う優しさと、どうしようもない現実と。
そういうものに溢れていたと思う。

自分はみんなと一緒に明るい未来を目指していたのに、思惑とは違うところで、置いてけぼりにしてしまった申し訳なさとか、悔しさとか。
自分だけが浴びるスポットライトの影の部分にいる人とか。
そういうやりきれない思いが詰まっていて、泣けてしまった。
ほんとうにいい「歌」というのは、こういうものだと思う。
いい歌を歌える俳優さんだなぁと。

ドラマや映画を観る度に役を纏う事の上手さにはいつも心を惹かれていたけれど、正直舞台は「生」である分、多少の「粗」も見えてしまう瞬間がある。
それでも「フェードル」以降、確実に何かが変わったように見えていたし、名優と言われる方々との共演で、貪欲に吸収したものが積み重なっていると思った。

「火花」は夢を諦めて散っていった芸人の話だった。
「浅草キッド」は生涯の師匠と出会い、「世界の北野」とまで言われるほどの大スターになる人の話である。

陰と陽。
両方の立場を演じていたからこそのこの作品の良さのようなものがあるように感じる。

夢破れた芸人の立場を演じたからこそ、大スターになる人の心の中が見えたのではないか、と。
少なくとも私には、「ビートたけし」という人のテレビで見せる顔の後ろに常に気にかけているであろう、夢破れた仲間や早すぎる死を迎えた師匠の影が見えた。

遣都くんにはずっと、そういう大スターの素質を感じている。
彼はまだ、道半ばで、大スターになる途中だと思っている。
カリスマ性というよりも、「大スター」の方が似合うような気がしている。

カリスマ性といえば、山本耕史さんは間違いなくカリスマ的な存在感だった。
ほんとうに立ち姿もかっこよく、強がる裏での寂しそうな表情とか、細かい部分まで神経が行き届いているのは、さすがだなぁと思った。
山本耕史さん、かっこよすぎるんですよ、ほんと。
コントのシーンでもボケが最高に面白いし、客と言い争うところも面白いし。
というか「山本耕史」という俳優さんは、ポーカーフェイスで立ってるだけでも面白く見えてしまうから、不思議だ。
途中、タンクトップになって衣装を着替えるシーンでは小日向さんを彷彿とさせる肉体美に目を奪われたのは内緒。

ところで遣都くんの「間」は独特で、今までちょっと笑わせるシーンとかも、映像作品の編集の面白さみたいな部分に頼っていたところもあって、
私個人の意見としては、「間が…もう少し…」と思う事も少なくなかった。
というより、私が常に爆笑していたシーンは、大体「全力で怒り狂う林遣都」が滑稽に演出されている部分。

今回の舞台では、元キングオブコメディの今野さんの「間」が圧倒的に上手かったが、遣都くんも凄く「間」が良くて、ボケ方も上手かった。
「間」はリズム感やグルーヴ感だと思っているので、今回タップの特訓や踊りの練習などで、そう言うものが身体に叩き込まれたのではないか…と密かに思っている。

歌も手に入れた。
踊りも手に入れた。
笑いの「間」も手に入れた。
泣かせる演技は天性のもの。
見た目の良さも天性のもの。
心を込めた演技はどんどん進化している。

私の最推し「林遣都」の進化が止まらない事に、ワクワクする舞台。
先がますます楽しみだ。

こういう瞬間に立ち会える舞台はとても貴重だと思う。
これからも追いかけたくなったのは間違いない。

長生きしなくては。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?