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昭和31年、「ある種の恐ろしかった時代」

遅ればせながら「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」をみてきた。なかなか評判が良いらしいとの事前情報はあったが、この時期になってもネタバレに全く触れずに視聴できたのは幸運だったと思う。
作品内容は他所の記事に譲るとして、ここでは作品舞台の「昭和31年」について感じたところを述べたい。

Wikipediaの記載によると、作品の舞台を昭和31年としたのは監督の古賀氏だそうで、

古賀はこの時代を「戦後の混乱期から立ち上がっていく中で、弱いものはどんどん削ぎ落とされていくっていう、ある種の恐ろしかった時代」と捉えており、この独特の雰囲気を生かし、風格をもたせることで、新しい恐ろしさを演出できると考えていた。

Wikipedia「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」より

とある。しかし、現在のわれわれが過ぎ去った時代の雰囲気や空気をリアルに感じとるのは難しく、監督の古賀氏も昭和31年がどんな様相だったかを体験して知っているわけではないと思う。
そこで、昭和31年頃の日本を理解するために歴史的事実からヒント探ると、

  • 先の敗戦から国際社会に復帰するサンフランシスコ講和条約の署名が昭和26年。この年にはNHK第1回紅白歌合戦開催。プロ野球の第1回オールスターゲーム開催も同じ年だそうだ

  • 昭和27年、GHQ廃止

  • 昭和28年、地上波テレビ放送開始。国産テレビの発売開始

  • 昭和31年、経済白書に有名な「もはや戦後ではない」が登場

  • 昭和32年、高度経済成長の始まり

  • 昭和33年、東京タワー竣工

  • 昭和34年、東京オリンピック開催決定、東海道新幹線着工

といった具合だ。戦後の混乱から立ち直り、経済成長に突き進み、明るい未来が確実視された日本の姿だといってよいだろう。

しかし、当時をリアルに体験した人の印象はこれとは異なる。一例として、歴史作家・海音寺潮五郎の著書から引用すると、

今日の日本には憂うべきことがずいぶんあるが、最も大きなものが二つある。
 一つは、国民に公のために憤る気概がなくなったことである。(中略)悪を見ては憤り、不正を見ては排除する努力があるべきであるが、それがはなはだ稀薄になっている。
 思うに、これは苦難に満ちた長い長い戦時生活の反動であろう。日中事変、太平洋戦争を通じて、日本人は滅私奉公を最も暴力的に強制されつづけて来た上に、その滅私奉公も慷慨悲憤も、何にもならないことになった。何にもならないどころか、悪徳であったと烙印をおされた。公のために死んだり、負傷したり、家族を死なせたりした者は、最も世間から冷遇された。卑怯なことをしたり、狡猾なことをしたりしても、生きのびた者が大いに利益を得た。これでは反動がおこらないのが不思議である。
「国家のためだの、社会のためだの、そんな努力は阿呆の骨頂だ。損するだけだ。お手本が山とある」と、日本人全体がなった。
(中略)
 家庭のしつけも、学校の道徳教育も、放棄された。おとならが自信を失い、自分の利益しか考えないことになったのだから、これは当然のことである。

海音寺潮五郎「世相直言」、「英雄待望」の項より

やはり、敗戦の影響は大きかった。今回の「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」でも、主要人物の1人が戦場で命の危機にあい、重傷を負いながらも生き延びた様子が描かれているが、現実の日本には多数の戦死者と残された遺族、生き延びたものの重傷により通常の生活を送れなくなった傷痍軍人、戦災による身体障害者などが多数いた。
戦後の傷痍軍人の生活がどれほど苦難に満ちたものであったかについては、下記の情報も参考になるだろう。

昭和20(1945)年8月15日の終戦以降、戦後の日本を統治したGHQは軍人への優遇措置を撤廃していきます。その一つが恩給の打ち切りでした。陸海軍病院は国立病院と名称変更され、入院していた傷病兵は退院させられました。それと同時に、世の中が軍国主義から民主主義へと180度変わったことにより、世間の反応も変化しました。陸海軍病院から退院させられた傷病兵が、帰省中に「お前らのせいで戦争に負けたんだ」と、子どもに石を投げられたこともありました。

上記 リポート「しょうけい館」より

価値観が大きく転換する中、国のために尽くした結果として戦傷や戦災によって身体に大きなハンデを負うことになったこうした人々を見捨て、置き去りにしてきたのが戦後の日本の一部として確かに存在していた。そんな世相を「ある種の恐ろしかった時代」として舞台設定したのが「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」という作品の重要な根幹をなしていると思う。

こうした時代背景を理解した上であらためて作品を振り返ると、登場人物たちの行動や発言に新たな気づきや発見があるかもしれない。「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」は大人向けのホラーとして企画された内容のため万人向けとはいいがたいが、「ゲゲゲの鬼太郎」を知っている人にとっては必須の教養に位置付けられる作品だと思う。まだの人はぜひ鑑賞することをおすすめする。


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