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最近の記事

わたしはこれを「呪い」と呼んでいます 幼いわたしの狭い狭い世界、だいたい家族と学校しかわたしの世界は広がってなかった 学校にも行ってなかったしテレビも見なかったのでわたしの世界はいつも家にいる母が全てだった 親同士が同い年だから結婚は同い年じゃないとできないと思っていたし、シチューにご飯をかけるのは犯罪級にダメなことだと思ってた 今考えたらぜーんぜんそんなことないのはわかる 歳の差婚だってあるし、シチューにご飯かけてもいいし。 わたしはわたしの選ぶもの全てを否定さ

    • 泣きたい夜の甘味処

      ほんの少し日常に『好き』を混ぜてみよう 昨日まで20時間くらい寝ないと身体が動かなかったしお風呂も4日間入れなかったのに 今日は目を瞑っても意識は遠のかないし気持ち悪い、なにもできない いわゆる躁鬱だな〜を実感して苦しい なにも食べられないし、食べても戻すを繰り返していたのでおいしい小説を読もうと思った その第一歩です、これは。 癒されているという感覚は確かにあるのにこんなに泣いたのは初めてかもしれない なぜかわからないけれどボロボロ泣いた わたしが躁で感情が

      • 舞姫

        割と内容はチープだと感じた ドイツへ留学した官僚の豊太郎は、踊り子エリスと恋に落ちる 免官されエリスと暮らし始めた豊太郎だが、友人の相沢に、出世の道に戻るためにエリスと別れるよう諭される 豊太郎は葛藤の末、妊娠したエリスを残し帰国する もっと簡単に言うと 大体将来有望な青年が美人であまり金を持っていない女性に言い寄られいい気分でいたけど身分違いなので捨てた 時代に翻弄された青年の苦悩 これだけ短い文章に幾つもの考察を抱かせる魔力があると、思った 明らかに上流階級の

        • こどもとおとな

          わたしは、周りの方々に大人びている、精神年齢が高いと言っていただくことしばしばあるのでそれについて考えます 同年代人といると、もちろん楽しいときもあるが、なぜこれが楽しいのか笑えるのかわからないことも少なくなかった うーんでも、どんな状況でもうまくやっていけるのがきっと大人だし、精神年齢が高いんだと思います 考え方だけが先にあって、受け止め方とか流し方がまだまだ幼い、わたしは そこの処理とか受取がちゃんと自分の中で行えるようになったら仲良くなれる人も増える気がしていた

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        • 読書感想文
          5本

        記事

          できちゃう

          学校には行けなくて ご飯も自分で食べられない 寝ても起きても体はだるくて お風呂も歯磨きも毎日できない 目は霞んでて耳は聞こえづらい 文字は読めないし会話もできない 人間関係はどんどん希薄になって 今でも思い出しただけで息がしづらくなるくらい辛くて仕方がなかった中高生の時の記憶 寛解、はしてないけど自分でコントロールできる日もここ2年くらいは多い 何事もなかった普通の毎日を過ごせている 見ないようにして忘れたふりをしているけれど確かにあの辛くて悲しかった毎日

          できちゃう

          よわい

          わたしはよわい 何かを始める時、環境が変わる時とてつもない不安と恐怖で寝込む 誰かの些細な一言や、素振りでその日の気分が決まる 少し嫌なことを言われると何日も何ヶ月も頭の中に残ってぐるぐる回っている これら全部わたしの日常 諦めてきたことはたくさんある たとえば、 高校まで場所が変わると眠れなかったから、小中の林間学校や修学旅行には行けていない 小中高は、行った日にちの方が少ない 跳び箱のテストで飛ぶのを失敗してから体育が怖くなって5年間体育の授業に出られな

          食べること

          食べることは生きることでありながら、わたしは食に関心がないな、と思った おいしいものを食べると心が満たされる、という人は多いと思うけれど昔からわたしは違うな〜と感じる 別に友達とご飯食べに行くのは楽しいし好きだから喜んで行く だけど1人でわざわざおいしいもの食べるために身支度して出かけたりお金使おうとはならない 死なない程度には食べるけど、それだけ とりあえず食べられればなんでもいい、という感じのスタンス でも最近食にこだわりがある人がかっこいいなと思うようになっ

          食べること

          パンドラの匣

          向日的作品 太宰治で1番好きだと思う 小柴利助は20歳の時に結核療養の病院に入院することになり、「ひばり」というあだ名で呼ばれるようになる 個性的な院長や医師たちと親交を深めていき、ひと癖もふた癖もある同室の患者たちと独特な療養生活を送る 偉大な詩人からアドバイスをもらい、憧れていた看護師とのわかれを乗り越えたひばりは精神的にも肉体的にも健康になっていく 青春特有のパワーとか思考みたいなのが分かりやすく描写されてて、それは時代を超えてわたしに届くものなんだと実感する

          パンドラの匣

          ぐるり

          普通の人の、どこにでもあるような出来事。 それはもしかしたら自分の記憶かもしれないと錯覚するような、 ありふれたことをきらきらした言葉で表現してくれて、わたしの普通をきらきらにしてくれる言葉 「自販機のモスキート、宇宙のビート版」は「雲走る」とか「キャラメルプリン」 「卒業式」は「サラバ青春」 物語の節々から感じるチャットモンチーの色、懐かしさ 戻らない時間に胸が痛むこともあるけど、 どこにでもあるようなことの、でも自分の中にだけ残った思い出が、自分を作っているの

          ひらがなとか漢字とか

          障害を障がいって表記したり、双極性障害が双極症に名称変更されたりすることについての話 「障害」は「周囲に害を与える」ようなネガティブな印象があり、偏見を促して、当事者を不快にさせるため、「障碍」や「障がい」と書くべき という議論が起こって、障害者に配慮した自治体では可能な範囲で表記を変えるなどの対応をしているらしい 言葉とか音のイメージを変えるために時間や労力を使うよりも、障害の根本の実態やイメージのための議論や新しい試みをするべきだとわたしは思う、 "しょうがい"と

          ひらがなとか漢字とか

          人間失格

          人間失格 「恥の多い生涯を送って来ました」 「弱虫は、幸福さえおそれるものです。綿でけがをするんです」 「世間とは、個人じゃないか」 「愛情もまた、自分にとって深すぎました」 「恥の上塗りをするだけなんだ」 「自分の不幸は、拒否の能力の無い者の不幸でした」 「神に問う。信頼は罪なりや。ヨシ子が汚されたという事よりも、ヨシ子の信頼が汚されたという事が、自分にとってそののち永く、生きておられないほどの苦悩の種になりました。」 何をやってもだめな育ちのいい男の人がどん

          人間失格

          隙あらば

          最近、 隙あらば死にたい。 歩いてて急に刺されて死なないかな、とか青信号渡っている時引かれないかな、とかね 息をするように死にたいと思っている でも息するよりずっとずっと苦しい でも自殺しないってことは本当は生きたい? 違うよ 一番怖いのは中途半端に生き残って再起不能な体になってしまう事 1人では動けなくなっていろんな人に余分な迷惑かけて自殺さえもできなくなる だから今日も情けないままわたしは生きてる

          隙あらば

          いいこと

          元気が出なくて何もできないから最近あったいいことを考えてみる! 新しいカーディガンを買ったこと 基本的に服は捨てた時足すようにしか買わないけれど、たまたま友達について行っていたから立ち寄ったお店でどうしようもなくかわいいカーディガンに出会ったので買った しまっちゃうのが悲しくてずっと椅子にかけてある、うれしい 野良猫と仲良くなったこと 野良猫だけどちゃんと耳がカット(去勢や避妊手術済みの印)されていて、大切にされているんだな〜ってうれしくなった 少し痩せている三毛猫で

          いいこと

          ヨルシカ

          音楽には、記憶も思い出も、景色も匂いも染み付いていて 切っても切れないものがある わたしにとって音楽は生きていくには必要不可欠で、助けてくれたり背中を押してくれるもの 音楽は気持ちに寄り添ってくれるもの。 その時の自分の気分や感情に合わせて曲を選んでその気持ちを高めたり自覚させるのを助けてくれる 好きな曲、好きなアーティストがたくさんあってその中で何を聞くか決める 気分を上げたい時はアップテンポでツービートの乗りやすいバンドを、集中して勉強したい時は落ち着いたインス

          ヨルシカ

          うまなきゃよかった

          わたしをずっとずっと苦しめ続けている言葉 人のせいにすることはできないけれど、 わたしの自己肯定感が低くてネガティブであることの原因の一つでもあると思っています ドラマでも小説でも、親が子に言い放つシーンをたまに見ます でもそれは脚本ありきで、たかが演技であって。 そんな台詞みたいな言葉を、わたしは、わたしを産んだ母親から面と向かってはっきりと言われた 小学校3年生の時 毎日学校で何かがなくなって、ノートには落書きをされて、わたしの椅子や机はなくなって、上靴には画

          うまなきゃよかった

          せいりせいとん

          やりたいこと、やるべきこと、できることを整理するのがすこぶる苦手です 苦手というか、できません 頭に浮かんだことを紙に書くことはよくするけれど、その言葉さえ浮かんでこないことはよくあって 何も浮かんでこなくてモヤモヤとぐちゃぐちゃだけが広がっていって心がザワザワしてきます その時のわたしに必要なのが思考の壁打ち 自分の言葉を誰かに投げうって、それに反応してもらいます その反応からさらに言葉が生まれ出てきます 1人でできないから誰かに頼っちゃおうってだけです 壁打ち

          せいりせいとん