太陽の脱走

ジリジリと、肌に突き刺すような太陽の光。
始まったばかりの夏に、少しウンザリとしながら、私は空を見上げた。
曇りや雨ばかりだった梅雨時には、恋しくて仕方なかったはずなのに、汗ばむ気温に太陽の存在が恨めしくなる。

夏休みくらい、もう少し休ませてくれたっていいのに。

そう思いながらやってきた電車に乗り込むと、スマホにメッセージが届いた。

平日とはいえ、通勤のピーク時間帯ではないこともあり、電車の中はガラガラだった。
端っこの方に腰を下ろすと、私はそのメッセージを開いた。

メッセージを送ってきたのは、同じ部活の陽平くんだった。
吹奏楽部の部長をしている陽平くんは、引退してしまった先輩たちからはもちろんのこと、後輩たちからも随分慕われている。
私は陽平くんの吹くトランペットの音色が大好きだった。
太陽の光に届きそうな、そんな高めの澄んだ音を聴くたび、その音色に恋をしてきた。

こんな時間に、なにかあったんだろうか?
陽平くんはいつも、誰よりも一番早く部室に入って練習しているのだ。
だから私も、そんな陽平くんの姿を見たくて、他のメンバーが来るよりもだいぶ早い時間に登校していた。

『一緒に、今日の練習サボらないか?』

そのメッセージを見たとき、一瞬理解ができなかった。
部活だけじゃない。
勉強にもいつも一生懸命だった陽平くんが、『サボる』なんて言葉を使うとは思えなかった。

ただ事じゃない。
あの陽平くんが、サボるなんて。

そうは思ったけれど、すぐになんて返事を返せばいいのか、わからない。

陽平くんがサボるなんて、きっと何か理由があるはずだ。
サボりたいほどの何かがあったのかもしれない。
それは、陽平くんのやる気を、少しだけしぼませてしまったのかもしれない。

『いいよ、サボろう』

だとしたら、陽平くんの側にいてあげたい。
力になってあげるなんて、そんなおこがましいことを言うつもりはないけれど、陽平くんがひとりになりたくないのなら、私も陽平くんの隣で、一緒に同じ景色を観たいだけだ。

すぐに陽平くんからのメッセージが届いた。
陽平くんは、学校のある最寄駅から、少し離れた場所を待ち合わせに指定してきた。

急いでその駅で降り、陽平くんの指定してきた場所へ向かう。
額にはうっすらと汗をかき、それでもひたすら急ぐ。
やっぱり太陽は意地悪だ。
こんな時くらい、少し雲に隠れていてくれたら、もっと早く陽平くんの元へと行けるのに。
キッと太陽を睨みつけた。


◇◇◇◇◇

陽平くんの姿は、すぐに見つけることができた。
途中までは、ちゃんと部活に行くつもりだったんだろう。
陽平くんの側には、大切そうにトランペットの入ったケースが置かれている。

「日菜ちゃん!」

陽平くんは、私に気づくとまるで太陽のように明るい笑顔で手を振ってくれる。
風に揺られた向日葵の花が、すぐ近くにたくさん咲いていて、『サボる』ことへの罪悪感を、少しだけ和らげてくれた気がした。

陽平くんの隣に腰をおろす。
それだけでなんだか、不思議な気分だった。

「ありがとう、わざわざ来てくれて」
「ううん、気にしないで。たまには脱走も必要でしょ?」

私たちは、いつだって完璧じゃないんだ。
たまには、日常から脱走したって、いいじゃないか。

「脱走って、なんかいいな。そっか、サボるんじゃなくて、脱走か」

陽平くんが笑うと、太陽の光も少しやわらかくなった気がした。


fin

いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。