恋のメロディーを奏でる前に

気持ちいい秋晴れの空。
冷たい空気に負けないように、校舎の屋上に降り注ぐ太陽の光。

私は、軽く伸びをすると、持っていたトランペットをもう一度構えた。

中学時代、吹奏楽部がなかったこともあり、高校に入学して、やっと念願の吹奏楽部に入部することができたのはよかったけれど、私以外の部員は全員中学時代からの経験者。

しかもコンクールで優秀な成績を残して来た人も多く、初心者の私にとっては決して居心地のいい場所ではなかった。

せめて、スムーズに音を出せるようにならないと。

大勢の観客が目の前にいることを想像しながら、トランペットを吹くと突然頭上から、トンと男の人が飛び降りて来た。

「毎日頑張ってるんだな、安住由佳さん」

「さ、斉藤先輩!」

頭上から飛び降りてきたのは、同じ吹奏楽部でトランペットを吹いているひとつ年上の二年生、斉藤光基先輩だった。

斉藤先輩は、一年生のときから、メインのソロを任されているという実力者だ。
中学時代の個人コンクールでは、優勝したと聞いたことがある。

斉藤先輩、もしかして毎日ここで私の下手くそな練習を見ていたんだろうか。

私が練習していた場所は、屋上の入口からは離れたところで、頭上は1メートルくらい高く段になっている。

「毎日俺の睡眠妨害するんだもんな」

斉藤先輩の言葉に、私は急に恥ずかしくなって、慌ててトランペットをケースに片付け始めた。

コンクールで優勝するくらい実力者の斉藤先輩にしてみたら、私のトランペットの音ははちゃめちゃなんだろう。

斉藤先輩がトランペットを吹く姿は、見惚れてしまうくらいカッコいい。
体育館での練習をするときには、他の部活の女子たちが斉藤先輩のトランペットの音色聴きたさに、体育館のギャラリーが埋まってしまうほどだ。

「もう片付けるの?」

「睡眠妨害して、すみません」

朝練、午後練だけでは、みんなに追いつけないからと始めた、昼休みの個人練習。
でも、ちっとも上手くならなくて、とても音色とは呼べない。
斉藤先輩が睡眠妨害というのも当たり前だ。

「由佳ちゃんさ、もうちょっと体力つけた方がいいよ」

「体力、ですか?」

斉藤先輩は優しく頷くと、片付けようとしていた私のトランペットにそっと触れた。

「腹式呼吸がちゃんと出来てないから、音が続かないんだ」

たしかに斉藤先輩の言うとおりだ。
私ひとりだけ、いつも変な場所で息継ぎをしてしまい、ぶつぶつ音が途切れている。

「これからは、俺が個人レッスンに付き合ってやるよ。朝練の前に、30分のジョギングと腹筋。昼休みはここで一緒に練習しよう」

「本当ですか!? お願いします」

斉藤先輩は頷くと、ポンと私の頭を撫でてくれた。

憧れの斉藤先輩との秘密の個人レッスン。
考えるだけで、ドキドキしてしまう。

まだ始まらない片想いの香りが、秋風に乗って私の髪の毛を揺らした。


fin

いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。