ジェラシー味の角砂糖を添えて

車通りの多い歩道を歩いていると、ふと道路の反対側、煉瓦造りの店の前で真司の姿を見つけた。
ここから真司に向かって声を出しても、この車の量では、届くはずもない。
鞄からスマホを取り出し、真司にメッセージを送ろうとした時だった。
真司は、少し遅れて近寄ってきた女性に笑顔を向けると、ふたりでその店の中に入ってしまった。

まさか、真司が浮気!?

真司に限って、そんなことをするなんてありえない。
だけど、今見たばかりの光景を嘘だと否定することもできず、私はすぐ近くの交差点に急ぐと、ふたりが入っていった店の前で立ち止まった。

そこは、最近できた珈琲専門店だった。
珈琲が大好きな真司が、嬉しそうに話してくれたことを思い出す。
そんな店に、私ではなく、他の女性と来た真司。
そのことが私の心を大きく傷つけた。

私は珈琲が嫌いだった。
何度か口にしたことはあるけれど、どうしても美味しいと思えない。
ブラックはもちろん、ミルクや砂糖をたっぷりいれても、どうしてもダメなのだ。
そのことを真司は知っている。
この珈琲専門店に真司が来たがっているのもわかっていたけれど、真司が私を誘うことは当然なかった。

もしかしたら、真司じゃないかもしれない。

それを確かめたくて、静かに店内に入る。
店の中は落ち着いた雰囲気で、珈琲の香りに包まれていた。

真司は、入り口から離れた席に、先ほどの女性と向かい合って座っていた。
真司からは見えない位置に腰を下ろすと、テーブルの上に置かれたメニューを開いた。

珈琲専門店だけあって、本当に珈琲以外の飲み物はメニューにない。
ケーキだけを頼むわけにもいかず、仕方なしにケーキセットを注文すると、淹れたての珈琲とショートケーキがすぐに運ばれてきた。

真司たちが何を話しているかまでは、ここからは全く聞こえない。
真司の表情は見えなかったけれど、前に座る女性は、真司の話に笑顔で相づちを打っていた。

ふたりは、一体どんな関係なんだろう?
その会話の内容が気になって仕方がない。

珈琲に口をつけると、その苦さに思わず顔をしかめた。
やっぱり、このままでは無理だ。
テーブルに置いてある砂糖の入った小瓶の蓋をあける。
てっきり、普通の砂糖が入っているものだとばかり思っていたけれど、その中に入っていたのは薔薇のような形をした可愛らしい角砂糖だった。

「かわいい」

あまりの可愛さに、今の自分の置かれている状況を忘れて、思わずその角砂糖をひとつ、珈琲の中に落とす。
角砂糖は少しずつ珈琲の中に溶け出し、その形は徐々になくなっていった。
もうひとつ、角砂糖を珈琲の中にいれる。
今度はスプーンで混ぜると、それはあっという間に溶けてなくなった。

何やってるんだろう、私。

再び珈琲に口をつける。
角砂糖をふたついれた珈琲は、さっきよりも甘く、なんとかふた口くらいなら飲むことができた。

ショートケーキを食べ始めると、真司と女性が席を立つ。
私の視線に気づいたのか、真司が不意に振り返った。

「亜希?」

私がそこにいるなんて、思いもしなかったんだろう。
驚いた表情をした真司は、お会計を済ませると、女性に何かを告げ、こちらに向かって歩いてきた。
女性は、一度私のことを見て、軽く会釈をするとひとりで店を出て行ってしまう。

あの笑顔の意味はなんだろう?
浮気相手の宣戦布告には見えない。
どちらかというと、私に対して好意的な笑顔にも感じられた。

珈琲を飲めない私が、ここで珈琲を飲んでいるのだから、真司が驚くのは当然のことだ。
真司は、私の目の前に座ると、何やら聞きなれない名前の珈琲をひとつ注文した。

「なんでここにいるんだ?」

「通りの向こうで見かけたから、」

「飲めないのに、入ってきたわけ?」

その真司の口調は、決して怒っているわけでも、困っているわけでもなさそうだった。

「うん」

さっきまで一緒にいた女性のことを聞きたくても、いざ目の前に真司がいると、確かめることができない。
そんなウジウジとした気持ちが嫌で、誤魔化すように角砂糖に手を伸ばすと、3つ目のそれを珈琲の中に落とした。

「さっきのは、妹だから」

「妹さん?」

「そ。研修で東京まで来たんだよ。母親にこれを持っていけと言われたらしく、わざわざ届けてくれたんだよ」

持っていた紙袋から真司が取り出したのは、角砂糖によく似た薔薇のアレンジメントだった。

プリザーブドフラワーとかいうやつだ。
そういえば、真司のお母さんって、フラワーアレンジメントの教室を開いているって、聞いたことがある。

その美しさに、思わず苦笑いして、3つ分の角砂糖が溶けたばかりの珈琲に口をつける。

「母親に、亜希のこと話したら、喜んじゃってさ。早速これを作って、亜希に渡してくれってさ」

ドームの中で、美しく咲くプリザーブドフラワー。

「ありがとう」

私ってば、早とちりして、馬鹿みたい。
そのプリザーブドフラワーは、ずっと眺めていたくなるほど美しかった。


fin


いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。