太陽の向こう側

カップルで賑わう公園。
背もたれのないベンチに座って、陸のくれた本を開くと、ほどなくして背中合わせのベンチに、誰かが腰を下ろした。

トントンとベンチを二回叩く合図。
私も同じように二回叩いた。

隣に座ることが許されない、二人の秘密の合図。
深めに座り直すと、僅かに陸の背中に触れた。

「久しぶり。元気だったか?」

本を読んでるふりをして、ページを一枚捲る。
背中合わせに座って別々のことをしている私たちは、他の人からみたらどんな風に映るんだろう。

太陽の下で、私たちが逢うにはこの方法しかない。
振り向いて、陸の背中に甘えたい衝動を堪えた。

「もうすぐ彼がくるの」

「え?」

背中越しに、ほんの僅かだけれど、振り返った陸の視線を感じる。

「大好きだった、陸のこと。だから終わりにしなきゃいけないって思ってた」

私たちが隣同士に座ることも、同じ景色を一緒に見ることも、二度とない。

「俺は今でも、」

「言わないで。決めたのは陸でしょ?」

あの時、私たちは同じ景色を見ていた。
あの時、私たちは一緒の未来を信じてた。

素直に自分の気持ちを告げることができていたなら。
私たちは、どんな“今”を生きていたのかな。

そんなこと、考えても意味がないこと。
過去は変えられない。
だから、その過去を背負って生きていくだけのこと。

「何であの時ちゃんと真里を抱きしめてやれなかったのかな」

「でも、こうやってたくさん元気と勇気をもらったよ」

陸の背中に、もう少し寄りかかる。
さっきよりも縮まった二人の距離。

「いつも陸の背中は私のこと応援してくれてた。頑張れって」

「真里、」

陸の背中に、どれだけ励まされたことだろう。
抱きしめられるよりもっと、パワーのあった陸の背中。

「でも、いつまでも陸に甘えてたらいけないの。終わりにしなきゃね」

私も、陸とは歩いていかないことを決めたんだから。
この先もずっと、同じ瞬間を生きないって。

「陸、お願いがひとつだけあるの」

「何?」

「陸の背中、抱きしめていい?そして、一瞬でいいから空を見てほしいの」

背中を向けたまま立ち上がった陸。
触れたかったその背中に、そっと触れて抱きしめる。

そこから見えた空は、悲しいくらい澄んでいて、どこまでも繋がっていた。

「じゃあね」

陸の背中を離して、瞼を閉じる。
ふたりで見た一瞬の景色を、ずっと心に刻みつけておけるように。

「……真里」
「真里!」

遠くから聞こえてきた彼の声と、陸の声が重なって、私はサヨナラの一歩を踏み出した。

もう二度と、振り向かない。
背中に陸の視線を感じながら、彼の手を取る。

これでいいんだよ。
いつまでも、過去に縛られたまま、私たちは生きていけないんだ。
前を見て、この蒼い空を見上げて、まっすぐに歩いていかなきゃいけないんだ。

この太陽の下で、私は陸が隣にいない未来を選んだ。
それはきっと、間違いじゃない。
私たちが見上げた太陽は、いつも眩しすぎた。
背中越しで見上げる空が、ふたりの心の距離だった。

fin

ヘッダー画像は、Kojiさんよりおかりしています。




いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。