優しい嘘、最後の真実

雪が降りそうなほど、どんよりとした真冬の曇り空。

バイト先のドラッグストアで、ゴミ出しに外に出ると、一台のバイクが私の目の前で停まった。
あまりの寒さに、踵を返して店内に戻ろうとすると、そのバイクに乗っていた男性がヘルメットを取ろうとしていた。

「美咲」

まさか呼ばれるとは思ってなかった自分の名前に驚いて後ろを振り向くと、そこに立っていたのは、順一だった。

高校のクラスメイト。そして、私の片想いの相手。
この想いの行き場を、私はつい最近失ったばかりだった。

「どうしたの?こんなところまで?」

この近くには住んでいない順一が、わざわざバイクで来るなんて、彼女と何かあったんだろうか?

切ない気持ちと、会いに来てくれた嬉しい気持ちが交錯したけれど、嬉しい気持ちの方がほんの少しだけ、大きかった。

「いや、なんとなく、美咲の顔が見たくなって」

そう言いながら、順一の冷たい手が、私の冷えた両頬を包み込む。

トクントクンと、大きくなっていく鼓動が順に聞こえてしまいそうで、私は無理に笑顔を作った。

「こんなことしてたら、彼女が悲しむよ」

バイト先で知り合い、冬休みに告白されたばかりだという順一の彼女のことを、私は直接知らない。

順一も、私が彼女の存在を知っているとは思っていなかったのか、少し驚いた表情をしたけれど、困ったような笑顔をして、私から手を離した。

「そうだよな、何やってるんだろ、俺」

私の頭を、いつもしてくれてたように、2回ポンポンと撫でると、再びヘルメットをかぶった順一。

好き。

言いたいのに、もう二度と言うことのできない想いが涙とともに溢れそうだった。

「そろそろ戻るね」

伝えたくなる感情が溢れそうになる中、私は順一に手を振って、店に戻った。

バイクの走り去る音が聞こえてきて、同時に我慢していた涙が零れる。

言わなくて、よかったよね。

大好きな人の、大好きな笑顔を曇らせたくない。
恋人にはなれなかった私たちだけど、友達ではいられるのだから。



◇◇◇◇◇

あれから、7年。
高校を卒業して、社会人になった私たち。

友達でいることを選んだ私たちは、今も隣で一緒の景色を見ることができる。

でも、今も忘れられない。

順一があそこから走り去ったバイクの音。
どんよりしていたあの真冬の空も、ポンポンと頭を撫でてくれた、あの感触も。
優しい記憶も、切ない想いも、あの頃の景色の中に置いてけぼりのまま。

「どうかしたのか、美咲」

心配そうに私の顔を覗き込む順一。
あれから、何度恋をしても、伝えることの叶わなかった片想いは、ずっと私の中でくすぶり続けている。

フルフルと首を横に振って、笑顔を作ると、順一は私の頭をポンポンと撫でた。

それはあの日以来のこと。
久しぶりの感触に、堪えていた想いが一気に溢れ出す。

「美咲、俺たち、そろそろ友達でいることをやめないか?」

順一が私を真剣な表情で見つめた。

友達でいることをやめる?
それって、どういうこと?

頭の中が真っ白になってしまって、今自分がどんな顔をしているのかさえ、わからなかった。

友達でいれば、ずっと離れることなくいられると思っていたのに。
時には嘘を重ねながら、あなたの幸せを願ったふりをして。
時にはあなたの背中を追いかけて、悲しい夢を見て。
ただ、一緒にいたかった。
ずっとふたりでいたかったのに。

「私、あの、」

言いかけた言葉は、順一の唇にのみ込まれた。

優しい口づけ。
離れた後、すぐに照れくさそうに笑った順。

今のキスは、何の意味があるの?

順一のことを見つめると、順一は昔よくそうしてくれたように、私の両頬を包み込んだ。

あの頃と変わらない大きな手。
トクントクンと、鼓動が高鳴っていく。

「ずっと自分で自分に言い聞かせてた。美咲は友達だって。友達のままでいれば、ずっと美咲の側にいられるって。でも、これからは、友達では見ることのできない景色を、美咲と見ていきたいんだ。長い間、待たせてごめん」

目尻から、熱い雫がこぼれて、順一の手を濡らす。

「私、順一のバイクの後ろに乗りたい」

「バイクに?」

「うん」

「そしたら、今から乗るか?」

差し出された順一の手を取ると、私は笑顔で頷いた。

ずっとずっと、自分の心に、順一に吐き続けてきた嘘。
それは、大好きな人の大好きな笑顔を守るためだった。
困らせないためだった。

だけどもう、嘘は吐かない。
私は、順一のことが好きだから。


fin


ヘッダー画像は、Kojiさんよりお借りしています。

いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。