氷の微笑
真夏の空には、真っ白な入道雲が浮かんでいる。
外を歩く人々は、時折汗を拭っていた。
八月ももう半分が過ぎ去ったけれど、まだまだ夏の終わりを感じさせない空。
私はそんな空から、目の前に座る祐介へと視線を移した。
さっきから、もう15分は黙ったままだ。
注文してすぐに運ばれてきたクリームソーダは、アイスクリームがすっかり溶けてしまっている。
この店のクリームソーダは、メロンソーダとサイダーを選ぶことができる。
私は、いつもサイダーを選んでいた。
スカイブルーのグラスに注がれたサイダーは、一見するとスカイブルーの飲み物だ。その上に乗っかったバニラアイスは、この真夏の空の入道雲のように見えて、私はこの店このクリームソーダが大好きだった。
「もう溶けちゃったよ」
祐介に言うと、祐介はちらりと自分の前に置かれたクリームソーダに視線を移した。
アイスクリームの白が、スカイブルーのグラスの中で混じり合っているのも、なんだか悪くないと思った。
「ああ、」
祐介は短く頷くと、ずずずっとそのクリームソーダを吸い込む。
きっと祐介は、何も言わない。
いや、言わないんじゃなくて、言えないんだ。
そんな祐介のことを見ていたら、祐介のことを解放してあげたくなった。
「私ね、祐介のことずっと好きだったの。知ってた?」
できるだけ淡々と言うと、祐介は静かに頷いた。
「うん、知ってた」
私と祐介は、高校時代の同級生だった。
気持ちなんて伝えなくても一緒にいられると信じていたあの頃。
よく飲んでいたのが、このクリームソーダだった。
「だよね」
知らないわけがない。私もあの頃の祐介が私のことを誰よりも想っていてくれたことを知っている。
欲しかった言葉を、言ってもらったことは一度もなかったけれど、それでも祐介の想いはわかっていたし、祐介を大切に想うからこそ、その言葉を無理に求めなかった。
だけど、無理にでも求めていればよかったのかもしれない。
そうしたら、きっと私たちの今は変わっていたはずだ。
高校を卒業後、それぞれ大学も卒業し、今は就職して3年目だ。
いつまでも、あの頃の景色を忘れたくはないけれど、立ち止まっているわけにもいかない。
お互い、いくつかの恋をした。
その間も、私は祐介に恋をしていたと思うし、祐介も私に恋をしていたと思う。
だけどお互いの恋人に対する想いも、決していい加減な気持ちではなかった。
多分私たちがお互いに抱いている相手への想いは、たった一言では言い表せない。
だから今まで一度も、「好き」って言葉を口にしなかったんだと思う。
祐介が再び、ずずずっとクリームソーダを吸い込む。
スカイブルーのグラスの中には、溶けかかった氷だけが残った。
「俺も好きだったよ、里奈のこと」
「うん、知ってた」
淡々と答える。
やっと言ってくれたという嬉しい気持ちは、冷たい氷の中に押し込めてしまいたい。
私たちがこの言葉をお互いに伝えるのは、きっとこの恋が本当の意味で終わってしまう時だから。
スカイブルーのグラスの中の氷が、やけに小さく見える。
祐介は、やっと言えたと言わんばかりの笑顔を向けてくれたけれど、私はそんな祐介の微笑みを直視できなかった。
「俺たち、付き合わないか?」
「え?」
それは想像もしていなかった言葉だった。
祐介から告げられる言葉は、この恋の終わりを告げるものだとばかり思っていたから、ただ頭が混乱して、祐介のことを見つめる。
祐介には、社内恋愛をしている彼女がいたはずだ。
その彼女との結婚を考えていることも話してくれたことがある。
てっきり、その彼女と結婚することになったから、もう私とはこの曖昧な関係を続けることができないという話だとばかり思っていた。
「もう里奈とは会わないでほしいと彼女から言われたとき、俺はそれを諦められなかった。里奈のいない人生は、氷のないクリームソーダみたいなもんだ」
「なによ、その氷のないクリームソーダって。氷が入ってなくても、サイダーとアイスクリームがあればクリームソーダにはなるじゃない」
「あっ、そっか」
祐介は困ったように笑う。
スカイブルーのグラスを混ぜると、中の氷がふたりのこれからを祝福するかのように、カランと音を立てた。
fin
いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。