星降る夜に、かかる虹
丘の上にある、まぁるい公園からは、海が一望できた。
ゆっくりと沈む太陽が、海を朱に染めている。
「ほら、おいで」
手を伸ばすと、愛猫のとろろが、ピョコンと私の腕に飛び乗ってくる。
3キロ近くあるとろろは、私の腕の中にすっぽりとおさまった。
冷たい空気。吹く風が体温を奪っていくけれど、とろろを抱っこしている腕の中は温かい。
とろろを抱き抱えながら、私は少しずつ暗くなっていく海を見つめる。
普段はヤンチャなとろろは、ここに来たときだけはいつも、大人しく私に抱っこされていた。
やがて、朱に染まっていた海も、暗闇に包まれ始めた。
波の音と風の音、時々、とろろの「にゃあ」という甘えた声だけが、私がこの場所にいることを支えてくれている。
今夜は新月なのか、月は私たちを照らさない。その代わりに私たちの頭上には、たくさんの星々が瞬いていた。
「綺麗だね、とろろ」
私の言葉に応えるように、とろろが絶妙なタイミングで、「にゃあ」と返す。
いつのまにか、この公園には私ととろろ以外は、誰もいなくなっていた。
「そろそろ帰ろうか、とろろ」
腕の中のとろろに、ふたたび話しかけたときだった。
さっきまで見えなかった月が、突然姿を現し、空に大きなアーチをかけた。
それは、まるで虹のようだった。
そして、その虹を渡って、アイアンブルーの三角ドレスを着た、とても小さな、本当に小さな、小人が現れた。
「こんばんは、まゆちゃん、とろろちゃん」
小人は、にっこりと優しい笑みを浮かべる。
「どうして、私たちの名前を?」
自分でも、自分の声が震えているのがわかった。
「つみれから、お手紙を預かってきたんだ」
「つみれから?」
つみれも、私の愛猫だった。
この小人の着ているドレスような、美しいアイアンブルーの色をしていたつみれ。
私ととろろの、かけがえのない家族。
そんなつみれは、少し前に空に旅立ってしまったのだった。
空にかかった虹は、今にも消えてしまいそうだった。
私は、小人が差し出してきた、つみれからという手紙を受け取った。
まゆママへ。
つみれは、まゆママの家族になれて、とても幸せだったよ。
優しくて、強くて、泣き虫で、弱くて、そんなまゆママが大好きだったよ。
とろろとも、よくひなたぼっこしながらね、まゆママの好きなところをたくさん話してたんだよ。
まゆママ。ありがとう。とろろをよろしくね。つみれととろろは、まゆママの笑顔が、大好きだからね。
とろろへ。
まゆママのこと、よろしくね。まゆママが、つみれのこと想い出して泣きそうになったら、とろろがギュってまゆママを抱きしめてあげてね。
手紙を読み終えると、もう空にかかった虹はほとんど消えかかっていた。
わずかに残る虹の上に、アイアンブルーのドレスを着た小人が立って、一生懸命手を振っていた。
きっと、つみれはあの小人になって、私ととろろに会いにきてくれたのかもしれない。
虹が消えると、星のカケラが流れ出す。
私はその公園から、しばらく流れゆく星を眺めていた。
fin
P.S. まゆママ、ありがとう。つみれより。
まゆちゃんと、つみれちゃん、とろろちゃんに捧ぐ。
いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。