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秘密のサプライズ注意報

 久しぶりの日本。空港に降り立った俺は、大きく深呼吸をした。
 汐雪を驚かせたくて、予定より一日早くした帰国。当然のことながら、到着ロビーには、誰も俺を待っている人はいなかった。
 よし、早く帰って、汐雪を驚かせよう。
 荷物を持って歩き出そうとしたとき、なぜかここにいるはずのない汐雪が、俺の少し前の方を歩いていた。
 そんな汐雪の隣には、芳樹がいる。俺が今日帰国することは、家族にさえ伝えていなかったから、ふたりが俺を出迎えにきたなんて、あるはずがなかった。
 芳樹に笑顔を向ける汐雪に気づかれないように、そっとふたりの後をつける。昼間は、友だちと会うとは言っていたけれど、それが芳樹とは言っていなかった。
 芳樹が汐雪をずっと好きだったことは知っていたけど、俺が留学してから、汐雪が芳樹と仲良くしてるだなんて、汐雪からも芳樹からも一度も聞いていない。
 アメリカと日本。一年間、遠距離恋愛を続けてきた俺たちにとって、毎日の連絡手段はメッセージのやり取りが主。たまに声を聞きたくなることもあったけれど、時差やお互いの生活のことを考えれば、電話をすることはほとんどなかった。それでも、この距離は俺と汐雪だったら、大丈夫だと信じていたのに。
 やっぱり、汐雪を一人残して留学したのは間違っていたのか?

 ふたりはコーヒーショップの中に入ると、向かい合って座った。
 俺も帽子を目深にかぶって、汐雪と背中合わせになるように腰をおろす。背の低い衝立があったけれど、芳樹からは俺の後ろ姿は少し見えているはずだ。すぐ後ろ、わずか数十センチの距離に汐雪がいると思うだけで、心臓が壊れてしまうんじゃないかと思うほどドキドキした。
「哲平のやつ、本当にどうしようもないよな。しぃちゃんに嘘を吐くなんて」
 俺が、嘘……?
「いいのよ、芳樹くん。だって今回のことは、哲平が嘘を吐きたくなる気持ちも、わからなくはないから」
 何が嘘なんだ? 俺は、何ひとつ嘘なんて吐いてないぞ?
 考えてみても、心当たりはまったくなかった。今すぐにでも振り向いて聞きたくなる気持ちをぐっと堪え、ふたりの話に耳を傾ける。
「しぃちゃん、哲平なんてやめて、俺にすればいいのに。あんな嘘吐きよりも、絶対俺ならしぃちゃんを幸せにするよ?」
「……いいの。今回のことは嘘吐かれちゃっても、他のことでは哲平のこと、信じているから」
 俺は今までも汐雪に嘘を吐いたことはないし、これからも嘘を吐くことはない。
 我慢できずに、かぶっていた帽子を脱ぎ後ろを振り返ると、バッチリ芳樹と目が合った。
「本当に哲平は嘘吐きだよな」
 汐雪も俺の方を振り返った。
「ほんと、嘘吐きなんだから」
 汐雪は、目にいっぱいの涙をためていて、今にもあふれ出してしまいそうだった。
「俺が、何の嘘を吐いた?」
 汐雪の涙なんて見せられたら、それこそ俺も冷静ではいられなくなる。汐雪の手を取ると同時に、その頬に涙が伝って落ちた。
「……明日、帰ってくるって」
「え? それだけ?」
「それだけじゃないよ! 私は……もしかしたら内緒で一日早く帰ってくるのは、誰か他の女の人と一緒に過ごすんじゃないかって、気が気じゃなかったんだから」
「だから、芳樹と一緒に来たの?」
 コクリと頷いた汐雪。奥で芳樹も同調するように、何度も頷いていた。
「さっき、到着ロビーで、哲平が一人だって確認するまで、不安でしかたなかったんだから」
「……ごめん、でも俺は、汐雪を驚かせたくて、本当にごめん」
「サプライズなんていらない! 私は、一秒だって早く哲平に会いたかったんだから!」
 ぐっと汐雪を抱き寄せた。時々スマホに送ってもらってた写真で見るより、ぐんと色っぽさを増している汐雪。でも、汐雪の香りは懐かしいままですごく安心する。
「まったく、哲平の分際でしぃちゃんを泣かせるなんて、百年早過ぎ。まぁ、俺は哲平がしぃちゃんを裏切るだなんて、思ったことないけどな」
 そう言った芳樹は、立ち上がると俺のテーブルの上に小さなメモを一枚置いた。
「……なんだよ、これ」
 メモには、ホテルの名前が書いてある。
「俺からふたりへのプレゼント。このまま家に帰ったら、しぃちゃんとふたりきりでゆっくり過ごせないだろ?」
 ニカッと笑って、ピースサインを出す。
「あ、でも宿泊代だけだぞ? ちなみに、夜は最上階のレストラン予約してあるから」
 芳樹はそう言うと、俺の肩をポンと叩いて行ってしまった。
「……行こうか?」
「うん!」
 まだ涙目の汐雪の手を取る。
「芳樹に感謝、だな」
「……うん、芳樹くんに聞くと、だいたい哲平の情報入ってくるから」
「でも、俺のいないところで、あまり仲良くすんなよ?」
「ふふふ、哲平、もしかしてヤキモチ妬いてる?」
 汐雪が少し嬉しそうに笑う。
「……ば、ばーか、あいつ相手に妬くわけないだろ?」
「ふーん、それならまた、仲良くしちゃお」
 俺は汐雪を抱き寄せると、耳元で囁いた。
「汐雪、やっと会えた」
「うん、ずっとずっと、会いたかった」

fin

いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。