瞳にうつる、欠片を見つめて

「愛してる」

圭介は必ずそう呟いてから、私に口づける。
それは、初めて身体を重ね合った、あの雨の日の夜からずっと、変わることはなかった。

その圭介の言葉に、私は言葉で応えるかわりに、いつも圭介の背中に爪を立てる。
その行為を、圭介がどうとらえているのか、聞いてみたいと思うことは度々あったけれど、一度も聞けなかった。

圭介のその言葉に、きっと嘘はないんだと思う。
ただ、目の前にいる女性だけを、その瞬間真っ直ぐに愛する。
だから、もしかしたら、私以外の誰にでもその言葉を囁くことができるのかもしれない。
その瞳に、嘘偽りは感じられない。
だって、圭介が今その言葉を囁いているのは、今目の前にいる私だけなのだから。

「真奈」

もう一度、重なり合う唇。
これ以上、圭介の「愛してる」を聞きたくなくて、自ら彼の舌を絡めとった。



◇◇◇◇◇

静かに寝息を立てて眠る圭介。
その無防備な寝顔をみていると、罪悪感に苛まれる。

圭介のことを起こさないように、ベッドから静かに抜け出すと、私は鏡の前に座った。
そこにうつる自分の姿を見て、自然と涙が頬を伝う。

私も、圭介を愛してる。
圭介と過ごすこの瞬間だけは、圭介だけに嘘偽りのない愛を捧げてる。
この身体とともに。

私と圭介はよく似ていた。
誰のものにもならない。
誰のものにも興味がない。

私たちが出逢ったのは、夏の終わり、雨の夜だった。
突然降り出した雨に困って、呆然と空に向かって右手を伸ばしていると、道路の反対側で圭介も同じことをしていた。

私の存在に気づいた圭介は、その場から丁寧にお辞儀をして、しばらく空を見上げていた。
私はそんな圭介から目を離せなかった。
時々、視界に空を感じながら、圭介のことを見つめていた。
圭介は、時々視界に私の存在感じながら、空を見上げていたのかもしれない。

ほとんど同時に、小さく会釈をした私たちが歩き出した方向は真逆だった。
だんだんと遠くなっていく距離。
なんとなく気になって、後ろを振り返ると、圭介も同じように振り返りこちらを見ていた。

「運命」という言葉を、その瞬間だけは信じた。
お互いの存在を確かに認識した私たちは、同時に走り出した。
まるで、自分の欠片を求めるかのように、お互いに向かって、真っ直ぐに。

雨に打たれながら抱き合い、何度も何度も口づけを交わした。
濡れていく身体からは体温が奪われているはずなのに、身体の奥底から熱いなにかが生まれてるようにも感じられた。

早くひとつになりたいと願った。
雨を避ける、言い訳にもならない言い訳をして、身体を重ね合った。
初めて会ったばかりなのに、圭介は「愛してる」と言ってくれた。
私も圭介の背中に爪を立てた。
少なくても、その夜には愛なんてなかったはずだ。
だけど、悲しいくらい「愛してる」って言葉がその夜には似合っていた。

私たちは他人だった。
ひとつになりたくてたまらなくて、身体を重ねたら、元々がひとつだと錯覚させるくらいすべてがピッタリだったはずなのに、圭介が「愛してる」と囁くたびに、私たちが他人なんだと認識させられる。

ひとつにはなれない。
どんなに似ていても、私たちは他人だった。

「真奈」

いつのまにか起きてきた圭介が、後ろから私のことを抱きしめる。
目の前の鏡には、圭介に抱きしめられた私の姿がうつっていた。

きっと私たちは、ひとつになることもなければ、離れることもないのかもしれない。

圭介は、私の持っていない、欠片なのだ。
彼の持っているものだけが、私を私でいさせてくれる。
私に空いている穴を埋めてくれるのだ。


fin

イラストはKojiさんよりお借りしています。

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