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くっさいのにやめられない。

先月の初め、友人宅に遊びに行った時のこと。
友人には生後5カ月になる赤子がいる。
私はとにかくその赤子にメロメロで、本気で口から食したいくらい愛おしく思っている。

赤子を腕に抱きながら、ふっと噛みつきたい衝動に襲われた。我が子にも何度も感じたこの感情。これは大丈夫なヤツなんだろうか?

隣で赤子に話しかけている娘に尋ねた。
私「赤ちゃん見てると、可愛すぎて噛みつきたい気持ちにならない?」
いつも通り軽蔑の眼差しで「そういうこと言うのやめて、頭おかしいよ」と言われると思ったら。案の定私たちは同類だった。

娘「私もある!子犬とか赤ちゃんとか噛みたい!!ってなる。」

私「あら、一緒!うちらやっぱり変わってる親子だね。」
そう言ったら友人が「それね、人間として普通のやつよ!」と笑って教えてくれた。
どうやらキュート・アグレッションと呼ばれる心理現象のようだった。可愛すぎるがゆえに攻撃したくなるという矛盾した人間の心理だそうだ。
とりあえず己が変態じゃなかったことに胸をなでおろし、引き続き赤子と戯れた。

赤子を喜ばせるテッパンの技と言えば「いないいないばあ」だろう。だから汚いが99%の形相で「いないいないばあ」を何度も披露した。
愛想よく笑う赤子に「おもちろいでちゅか~。可愛いお顔でちゅね〜。」と唾を飛び散らせながらあやしまくった。

人はなぜ赤子に話しかける時には声が高くなるのだろうか。私の声も3オクターブくらい高くなっていたとおもう。だって気がつくと喉に痛みが走り、声が枯れていたもの。
喉に疲れを感じ、ふっと目線をあげると食器棚のガラスに「いないいないばあ」の残像が残る自分の顔が見えた。
ああ、あやしている時の顔面。
自分では絶対に見ちゃいけないやつ。
赤子に媚びを売るような一張羅の笑顔。赤子は笑っているけれど、冗談はよし子ちゃんの顔面なんだろう。

ごめんね、赤子。
でもこんな顔だからケラケラ笑ってくれるのかもしれない。
そんなことを考えていると赤子があくびをして目をこすりはじめた。

おねむのサインだ。
汗だくでスクワットしながら子守唄を歌っていたら、赤子は私の貧相な胸でおネンネしてくれた。

私の腕で眠る愛おしい赤子。

脱力した可愛い赤子の頭は下に垂れ、首がむき出し状態。

赤子の首よ、こんにちは。

赤子の首。普段はもれなく埋もれている。
だからお目にかかれることは稀。

そしてそんな首は汚れがたまりやすい。ヨダレを垂らし、ミルクもこぼす。埋もれているからその汚れはもれなく発酵。

昔の記憶がよみがえってくる、我が子たちもそうだったっけ。

そうだ、あの愛おしい悪臭!!

・・・嗅ぎたい。

しかし、目の前にいるのは我が子ではない。人様の赤子の首を嗅いでも人の道を外れたことにならないだろうか。しかも目的は悪臭。
でも嗅ぎたい。
万引きも痴漢もまだ未経験だけど、嗅いだら同レベルのような気がする。それなのに止められないこの欲望。

この一線を越えたらもう戻れない。
そう思ったのに。

「変態でごめんなさい!!!」と心の中で謝りながら、やっぱり私は嗅いでしまった。

大きく吸い込むと刺激が強すぎるから、クンクンと小刻みに嗅ぐのがポイントだ。

鼻の中に悪臭が広がる。

ク、クサイ!!
強烈にクサイ!!
(ごめんよ赤子!!)
それなのに何?
この幸せ。
くっさいのに幸せ。

喜びの悪臭じゃないか。

悪臭でさえも幸せに変えてしまう赤子とはいったいなんなんだろう。
偉大だなあ。

友人に思わず言った。
「ここ(首)ってさ、汚れたまるからクサイけど何度も嗅ぎたくなるよね。幸せ感じちゃう。」

友人「え…。私クサイとしか思わないよ。」

これは誰もが理解できる幸せの悪臭ではないのだろうか。理解されなければ私はただの変態女になってしまう。
これは引き下がれない。なんとしてでも同意してもらわなければ。
私「え、でもこの匂いってクサイけど、赤ちゃん独特だし、何度も嗅ぎたくならない?」

「うーん、私はクサイとしか思わないかな。」
と笑顔で全否定する友人。

焦る私は畳み掛けるように言った。

私「でもほら、ピアスの穴とかもクサイじゃん?でもついつい嗅いじゃう?」
私「足の親指の爪にある垢?あれもついつい嗅いじゃうよね?」

肯定も否定もしてくれない友人。ただ困った顔をして苦笑いときたもんだ。そう、これは自爆。

幸せの悪臭だけでやめておけばよかった。これじゃあ、クサイ匂いに執着するただの匂いフェチ。

でも友人よ。
キュートアグレッション→可愛いからこそ攻撃したい
が「人間として普通のことよ」ならよ?
クサイからこそ嗅ぎたい、だってクサイアグレッションみたいな感じで
「人間として普通のことよ」じゃないのかい?

そんなことを言おうと思ったけれど、やめた。
だってこれ以上自爆して赤子を抱っこさせてもらえないのは辛いもの。

でも苦笑いする彼女を尻目に、こっそり幸せの悪臭を嗅いでしまう私。クサイ臭いに執着してしまう私。そんな私はやっぱり変態なんだろう。


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