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私は柴犬。

ずいぶんと前から子ども達が犬を飼いたいと騒いでいた。
ここ数ヶ月、その気持ちがピークに達したのだろうか。特に娘は息をするように「犬ほしい」と言うようになり、それが口癖になっていた。
私も動物が大好きなので、子どもたちの気持ちは分かる。
しかし、可愛いだけでは飼えないのが現実。

子ども達には、耳にタコができるほど飼えない理由は伝えているが、それでも口に出す「犬ほしい」。
そして人間、同じことを何度も言われると強迫観念にとらわれるのだろう。要求に応じない私がまるで悪者のように思えてきてしまった。
だからと言って、飼えないものは飼えない。
でも子どもたちに「飼えない」と言ってやり過ごしているだけでは今までと状況は変わらない。
どうしたものか。
そんな半ばノイローゼ気味になった私に、娘がインスタの動画を見せつけてきた。

柴犬だった。
幸せのかたまリ。
見ているだけで癒やされる。

そうだ、私が犬になればいいじゃないか!

なんのはなしですか。

その発想が子ども達への逆襲のつもりだったのか、ギャグだったのか。はたまた、私が柴犬にでもなれば子ども達の欲求を解消できるとでも思ったのか今となっては謎だらけ。
しかし、そういうことだけは思い立ったらすぐ行動。それが私の性癖なのだ。

その日、子どもたちの就寝後、家中を物色した。
ソファの上には都合よく柴犬色のひざ掛けがあった。押入れにあったフェルト生地(茶色)を耳の形に切り取り、ひざ掛けに縫い付けた。
それをねずみ男のようなスタイルですっぽりと頭から被り、首の下で洗濯バサミでとめた。アイライナーで鼻を黒く塗り、目の上には丸い円、ヒゲもしっかりと描いた。
息子のドラゴンボール(悟空)のコスチュームからしっぽを借り、尻に装着。
完成だ。
※トップ画参照

鏡を見て思った。
「予想以上に柴犬」

なんのはなしですか?

ニュージーランドは1年を4学期に区切っており、先週15日から2週間の休みに入ってる。

休み初日だったその日、私は朝から柴犬だった。

前夜に予行演習したとおり、四つん這いでワンワン吠えながら、子ども達を起こした。
口にトングをくわえ家事をこなす柴犬の私。そんな私の頭を優しく撫で、可愛がってくれる次男。
しつけのつもりなんだろう「おすわり」「お手」の指示も忘れない。賢い柴犬の私は今まで一度もしつけられていないのに、それを難なくやってみせた。それなのに褒め言葉も、おやつもくれない虐待ぶり。
最後に「ちんちん」と言われ、立ち上がって見せると、なぜか「(ちんちん)ないじゃん」と言われる始末。
「仕方がないじゃないか、私はメス犬だもの」
そう言いたくても、私は柴犬。ワンワンという鳴き声以外は発せられなかった。

あれだけ犬がほしいと言っていた娘は、私の存在を完全に無視していた。午後になり、突然何か閃いたのだろう、部屋に籠もり作業を始めた。
リビングに戻ってきた娘を見て驚いた。
なんと優しい娘は段ボールで犬小屋をこしらえてくれたのだ。犬小屋に興奮し、調子にのって前足を上げて喜んでみせると、娘の殺気立った目に一蹴された。
そして娘は柴犬の私にむかい「ハウス!」「ハウス!」叫び続けた。
※ハウスとは「犬よ、小屋へ帰れ」という指示語である。
どうやら、視界から消えてほしかったようだ。

夕方には柴犬の私に嫌悪感しか見せなくなった家族達。

柴犬のまま夕飯作りに取り掛かろうとすると、スマホが鳴った。
その直後、私は急に虚しさを覚えた。

想像してほしい。
愛する妻、夫、彼、彼女、もしくは両親が柴犬になりきる姿を。文字で見れば笑えるかもしれないが、現実は相当厳しいものがある。
私はたいてい自分でそれをみることが出来ない。だって、いつでも私は傍観者ではなく見世物側だもの。でもその日は違った。娘がしっかりと動画に収めていたからだ。しかもそれをわざわざで送信してくるという悪質さ。
動画で動き回る四つん這いの私はどう見てもアブノーマルだった。

羞恥を覚えた私は柴犬である自分と決別。コスチュームを剥ぎ取り、無駄にスペースをとる犬小屋も外に放り出した。
人間として夕食をすませ、キッチンでお皿を洗い終えたあと、娘が叫んだ。

『ハウス!!!!!!』

私は調子に乗りやすい。
もう人間なのに、ハウスと言われ、つい面白がって家の外へ出てしまった。もちろん犬小屋へと向かったのだ。

ニュージーランドは秋。
日が落ちるのが早く、すでに辺りは真っ暗だった。

犬小屋の前に水の入ったお皿が乱暴に置かれた。
私の飲水のつもりなのだろうか。そんなことを考え、揺れる水面を見つめていると、後ろで鍵が閉まる音がした。
カーテンが閉められ、ガラス越しに子ども達の笑い声が響いてきた。


私は何か人間として大切なものを失ったのかもしれない。

なんのはなしですか!!






コニシ木の子さま。
この課について知ってしまった日から、いつか私も参加してみたい!そう、ずっと思っておりました。
参加させていただき(勝手に申し訳ありません)ありがとうございます!!!


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