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月曜日の図書館 怖くない話

怖い話が苦手だ。人が死ぬ話も嫌。窓口で「おすすめのホラー小説を教えてください」と言われたらどうしようとびくびくしている。

前に仕事で『エクソシスト』を観なければいけなかったときは、半年くらい不眠症になった。克服するためにわたしもブリッジができるようになればいいのではと思ってせっせと練習していた。

背骨をすこぶる痛めた。

怖い話はしかし魅力的でもある。小さいときに読み聞かせをしてもらった絵本の中で今でも覚えているのは、ぐりとぐらが出会った海ぼうずのがらんどうの目や、ばばばあちゃんが洗濯してしまったために顔がなくなった雷さま、それからなんと言っても『ゼラルダと人喰い鬼』だ。食べられないよう、地下に穴を掘って鬼から隠れて暮らす人たちの、アリみたいな暮らし。

痛めた背中をさすりながら、がんばって原稿を書いた。ティーンエイジャーの子たち向けに発行していたPR冊子の企画のひとつで、ホラー映画を観たのだった。大人がホラー映画を観て書いた感想文なんて、今考えてもまったく読みたくないが、あのころは必死で中高生の心にひびく企画を模索していた。

10代の子たちにウケると思ってやったその他のこと:トンデモ喫茶店に行き、生クリームがもったり乗っかった生ぬるいスパゲティを食べる。夏休みに課題図書として分厚い本を読む(江戸期の日本に来た外国人の日記を読み始めたが日本にたどり着く前に挫折)。万歩計をつけて書庫出納における運動量を測定する。

初めて自分で絵本を買ったのは高校生のとき。AからZまでの26種類のアルファベットを名前の頭文字に持つ子どもたちが、26通りのやり方で殺されるという内容だった。美しい線描画と韻を踏んだ文章にすっかり魅了された。こんなすてきな本に出会わせてくれてありがとうヴィレッジヴァンガード。

相対的に年齢が近いから、という理由でティーン担当をやらされていたが、よく考えたら自分が10代のときでさえ、同世代の子たちとはあまり通じ合っていた気がしないのだった。

怖い話のあらすじを、怖くないタッチで紹介してくれる本があったら絶対買うのに。

郷土資料の担当になっても怖い話とは無縁でいられなかった。地元を舞台にした小説を紹介する企画で本を読んでいると、やたら殺人事件が起こるのである。今読んでいる本でも、早速ひとり殺されて首だけになってしまった。

高校生の主人公は、ばっちり生首を見てしまったのに、頭の中は好きな女の子にフラれたことでいっぱいになっている。

マット運動の補修授業で、どうやっても上達しないわたしに匙を投げた先生は、見込みのある生徒のところへ行って、とうとう戻ってこなかった。わたしはどうしたのだろう。どうやって単位を取ったんだっけ?

あのときブリッジができていたら、何も怖がらない大人になれていただろうか。

就職したてのころ、同期のみんなで監獄居酒屋に行った。暗闇の中で談笑し、死神といっしょに写真を撮った。Lちゃんは、メニューにカエルの唐揚げがあるのを見つけて喜ぶわたしに、本物なわけないじゃん、と言ってバカにした。カエルが食べられることを知らないのだった。

運ばれてきた料理は、カエルの唐揚げも、カエルではない唐揚げも、とてもおいしかった。

vol.56 了

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