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そちらの星は燃えていますか?


 ここ4ヶ月のことをざっと一言でまとめよう。

 雪のちらつく真冬、出張に次ぐ出張の合間に同僚から思わぬ人格攻撃を受け、へろへろになりながら帰って来たらアパートの退去を迫られ、ギリギリ表面張力で保っていた理性は決壊して鬱が急激に悪化し、それでも物件探しをして不動産屋と戦ったりしながら引っ越しを終え諸々手続きをし、直後に初めてコロナに罹った。

 そして現在は夜、私は新居のベッドに寝ている。

 いや、情報量多くね?
 これを読んでいる中に、1人くらいはそう思う方もいるだろう。私もそう思う。だがしかし私の人生というのは一事が万事こんな調子なのだ。

 どのくらい「そう」かというと、相談に行ったカウンセラーが、まず私の人生のあらましを聞き取り終わるまでに合計約四時間を費やしたくらい(あまりに事柄が多すぎるので、私はなるべく時系列順で出来事を感情をまじえずに話した。カウンセラー自身にも「とても簡潔に整理して話してもらいましたが」とは言われている)。

 カウンセラーは「いや……本当に……映画みたいに波乱万丈ですねえ……」と呟き、
友達には「お前のその人生ハードモードなんなの?」と言われる。

鬱々としつつ前述の不動産屋から引っ越し費用をもぎ取る契約書を交わしたことを友人に愚痴れば、

「あのね、ひとは普通そのやりとりで鬱になるのよ。鬱の人間がやることじゃないの」と爆笑された。それは本当にそう。

 目まぐるしいのが我が人生だ。ひとつひとつ取り上げてエッセイにすることもできるだろうが、今はその気力もないし、多分小説に活かしたほうが良い気もする。

 とにかく今は、新居のベッドに寝ている。
 仕事は当然休んでいる。社畜かつお金に関しては苦労しかしてない人生なので、まあ生活防衛資金くらいはある。ちなみに一連のこの騒動で6キロ痩せた。体力は激減した。まさにどん底の底尽き。

 しかし、私は今日とても美しいものをみた。

 荷解きもそこそこな我が新居に、すばらしいものが導入された。NITORIのエコナチュレ(遮像遮熱)レースカーテンである。別に回し者ではない。
 それまではAmazonで買った4枚セットの痴女も真っ青なペラペラカーテンを使っており、通りから我が家は丸見えだったので、昼間でもカーテンを閉めて生活していた。薄暗い室内、だるい体、巡り続ける暗い思考……それが、付け替えれば、どうだ。

 「あ、明るい!!!」

 ベランダ窓にかけられた新しいレースカーテンは、風をふくんで膨らみながら、部屋中の壁を白くやわらかく照らした。しかも内外の様子は見えないようになっているので、暗くて狭い新居は、私を守る白い繭の部屋に一変したのである。
 鬱になってから久しく感じていなかった満足感があった。そうそう、こういう空間が欲しかった。

 満足してお茶を飲み、満足して窓を閉めてベッドに滑り込んだ。あかるい繭の部屋で休むために。
 そのとき、太陽は西に傾いて、光はわずかにオレンジを帯びていた。そしてそこに、美しいものはあった。


 窓ガラスの下半分は磨りガラスになっていて、きらきら細かく太陽光が反射した。
その光は白いレースカーテンに柔らかく映りこみ、ちらちらと七色の砂のように輝いた。カーテンはその光に燃えながら静かに揺れていた。

 ダイヤモンドの砂が燃えているんだと、私は思った。


 うつぶせに頬杖をつきながら、私はしばらくこの美しいひかりを見つめ続けた。
そうして、私が欲しかった休息は、こういうものだったんだと、ようやく理解した。


 目蓋の裏にチカチカ目眩がするまで、私はそれを見つめ続けた。それから毛布の中に潜った。
 
 濁流のような人生の中にも美しいものがある。安らぎの形がある。
私はこの日おそらく、ほんのすこしだが、幸福だった。


 願わくば、また、美しいものが見られますようにと思う。そう願って、新居のベッドで寝ている。

 それでは皆さん、おやすみなさい。
運が良ければ、またお目にかかりましょう。


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