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Tシャツの話

道ゆく人のTシャツを見るのが好きだ。その人が今日、その一枚を選んで着ているということに、その人の個性や価値観・人生が自然と反映されているような気がするからである。
今回は、数年かけて温めてきた秘密のメモ(!)を元に、これまで私の心に刺さったTシャツとそのシチュエーションをご紹介しよう。今の季節はTシャツチャンスがまだまだ少ないが、来たるべき春に備えてTシャツ眼をともに鍛えよう。

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着ている人のことが知りたくなってしまうTシャツというのがある。

数年前の春。井の頭線で向かいに座った少年が、デカデカと『ケロリン』と書かれたTシャツを着ていた。もちろんあのケロリンの洗面器イラスト入りである。ちらりと足元を見やると、な!『ONSEN』とロゴの入った靴下を履いているではないか!気合の入った全身温泉コーデに、年齢の割に渋い趣味を感じてドキリ。井の頭線沿いには銭湯少ないんじゃない?それとも銭湯じゃなくて温泉マニアかしら…と、しばらく少年のことが頭から離れなかった。
『Beacon Cheese Burger Tシャツ』(写真のプリント付き)を着た人がハンバーガー屋に入って行ったのを見たこともある。そのTシャツでハンバーガーを食べに出かけるなんて相当バーガー好きだなあと感心すると同時に、お店で注文したのもBeacon Cheese Burgerなのか無性に気になって考えてしまった。
『I get money, I got money』と書かれたTシャツを着た人を見かけたのは(私の)給料日だったので、Tシャツの彼も給料日なのかしらと想像して、勝手に親近感が湧いたこともある。
不思議なTシャツの魔力恐るべし。着ている人のことがついつい気になってしまうのである。

着ているTシャツを見てにわかに心配になったのは、東南アジア系と見える青年が『人生迷走。あてどころに尋ねあたりません。』というTシャツを着ていた時だ。返送された郵便を模したデザインなのだが、どんなに人生がうまく行っていても絶対にそうは見えないTシャツである。それをあえてネタで着ているのか、意図なんてないのか…人見知りでなければ、ぜひあのTシャツの彼に聞いてみたいところだった。
そうだ、Tシャツの中にはメッセージ性が高くハッとさせられるものもある。『EVERY WALL IS A DOOR』と書かれたTシャツを見た時には、何だか視界が開けた気持ちになった。ちなみに着ていた男性のことは性別以外なーんにも覚えていない。たった一瞬すれ違うだけでも強い印象を与えうる、たかがTシャツ、されどTシャツである。

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Tシャツの色が印象に残ることもある。

先日ファミレスで遅めのランチをしていた時のこと。斜め向こうのテーブルで3人のおばあちゃま達がをお茶を飲みつつ世間話をしていた。どうやらテニスクラブか何かの帰りらしく、それぞれスポーティーなTシャツを着て、大きな荷物を椅子の脇に置いていた。その3人のTシャツが、見事なピンクのグラデーションなのである。
手前の椅子に座るおばあちゃまはいちばん薄いベビーピンク、奥のソファー左側のおばあちゃまは中間色のパステルピンク、右のおばあちゃまは鮮やかなフューシャピンク。時計回りに彩度をぐっと上げたような、見事なグラデーションである。

グラデーションが見事なピンクおばあちゃまズ


奇跡というほどの出来事でもないがしょっちゅう見かけることでもあるまい。同じ日に3人ともがピンク色のTシャツを着て出かけ、一緒に(おそらく)テニスをして、仲良くファミレスでお茶をしている状況、何だか気になってしまう。
もしかしてテニスクラブで配布されるシャツか?と思い確かめるも、3人とも形や素材が少しずつ違うようである。
元から今日のドレスコードをピンクと決めていたのか、偶然ピンクで揃ったものだからお茶をしようとなったのか。他の色…例えば青いTシャツを着たおばあちゃまはいたのか、もしかしてピンク以外は仲間はずれになっているのか…!?
その事情が気になる私は、ピンクおばあちゃまズに怪しまれないようチラチラと盗み見してしまうのであった。

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ここまで書き進めながら思い出したのだが、小学生くらいの頃よく着ていたTシャツがあった。深緑色で丈が短め・オーバーサイズと少し変わった形がおしゃれで気に入っていたのだ。しかしある日母がTシャツをしげしげと見て、こう呟いた。
「このTシャツ、思いっきり『Vote!』って書いてあるね。選挙関連の仕事してる人みたい。」
…幼かったので、voteの意味も選挙という仕組みもよくわかっておらず、それでも何となく恥ずかしくなって、そのTシャツを着る機会はだんだんと減っていった。
当時あのVote!Tシャツを着ている私を見て、クスリとした大人もいたのだろうか。今となっては知る術もない。

このさき春が来て暖かくなれば自ずとTシャツチャンスも増える。もしあなたの心に刺さるTシャツを見つけたら、ぜひぜひ私にも教えてほしい。
ここに書ききれなかった素敵なTシャツの話をこっそりお教えしますので。どうかよろしくね。

美味しいお酒を一杯飲んで、そしてそのぶん幸せになります。一緒に呑みましょう。