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キューバの記憶

忘れられない旅行がある。

精神も身体もヘトヘトになった、
あまりたのしくない思い出だ。

きっと二度と行かない場所。
でも人生で出会えてよかった場所。

それが、キューバだ。


「キューバへ行こう」といったのは、
大学生当時、お付き合いしていた人だった。


彼にとっては人生初の海外旅行だというのに、
「みんなが驚くような場所がいい」といっていた。
彼のそういうところに、ひかれていた。

いっぽうのわたしは、海外旅行には慣れていた。
でもクレジットカード・Wifi・英語があれば
なんでも叶えられてしまう便利さに
退屈していたところだった。


「グラグラ揺れるような経験がしたい。」
それで、わたしたちの目的地はキューバに決まった。


キューバは、空港からでた瞬間から強烈だった。
街のにおい、住人の目、語気の強いスペイン語。
空気があつくて、緊張からどくどくして、
自分の足でちゃんと立たなきゃ、と思った。

しかしそう思った矢先、
わたしは気温差や衛生面で見事に体調をくずし、
滞在中はほとんどたのしむことができなかった。


ハバナの街には綺麗な瞬間がたくさんあったから、
あとからでもいい、必ず思い返したいと、
必死でたくさん写真を撮った。

しかし英語は通じない、
毎日ぼったくられる、ネットはない。
どこを歩いても慣れないにおいがして、
体調はすこぶる悪くなっていく。

交通機関は正確なはずもなく、
スーツケースをもって走り回る。
足元を見ると、干からびたネズミが転がっていた。


ようやく成田空港にもどったとき、
においがしない東京に心から安堵した。
それからというもの、
わたしは旅先には冒険を求めなくなった。

・・・


いまこれを書いていて、とても苦しい。
なぜ記憶の底からひっぱり出してきたのだろう。

ハバナでぼったくられた夜、
居酒屋のおばさんにこう言われた。

わたしはね、ここから出られないのよ。ずっと。
だから外国人と結婚して移住するか。それまでよ。
キューバ人はね、ピエロなのよ。

この言葉を聞くためにきたんだなと思った。
それからのハバナの街並みは、ちょっと違った。
見えない天井、陽気な社会主義国の姿だった。


知らないことは、ちゃんと見たい。
思ってることは、きちんと伝えたい。


逃げてもいいことから逃げず、
自分も相手も傷ついてしまう。

そんなぶきようなわたしに、
キューバの日差しとにおいが
変に深く、深く刺さってしまった。

・・・

すっかり怖がりになったわたしは、
もう不用意にびっくりしたり、
傷ついたりできなくなってしまった。
つぎの旅行先は、のんびりハワイだろうか。

だけどときどき、あのにおいを思う。

宙にまった砂ぼこりと
クラシックカーのガソリン臭が交わる。
目をつむるとまだ少し思い出せる。
不必要に血の通った気持ちになる。


わたししか知らない「街」。
もうきっと二度と行かない「あの場所」に。

ありがとう。




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