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想い出の住む街 第十話

 睦月 ー 一月 ー


 新しい年がやって来た。

 真っ白な雪に覆われた街は、新年を祝う人々で賑わっている。

 所狭しと立ち並ぶ店は綺麗に飾り付けされ、広場には大きな城の雪像が設置された。

 夜にはその飾りや雪像が全てライトアップされ、定時になると花火も打ち上がる。

 教会の前は信仰に厚い信者達で溢れ返り、スケート場は家族連れや冬休み中の学生達で一杯だった。

 その中には、勿論ヒミィやティムの姿も見受けられる。

「何度目だろうな……転ぶの」

 さらりとそう言ってのけるティムを見上げながら、ヒミィは先程尻餅をついた時に打った腰を摩り、やっとの思いで立ち上がった。

「ティム、去年スケートに来た時は確か初めてだって言っていたよね?」

「まあ……」

「じゃあ、今年は人生で二回目のスケートと言う事になる……それなのに、どうしてそんな簡単に滑る事が出来るのさ!僕は、小さい時からパパに連れられて、何度もスケートに来ているんだよ?狡いじゃないか!」

 憤慨するヒミィを見て、ティムは溜息をついた。

「そんな事、僕に言われたって困る。それはつまり、ヒミィが……まあ正直言って下手、って事なんじゃないのか?」

 口を尖らせながらティムを睨みつつも、言い返す事が出来ないヒミィ。

「やあやあ!相変わらずコートがビチョビチョだね、ヒミィは!」

 背後から、厭味が飛んで来る。

 勿論、声の主はアーチだ。

 後ろには、ネオもいる。

 ヒミィは、二人に向かって手を振った。

「二人とも、来てたんだ!」

「まあね……あ、そうそう。ねえ、ヒミィとティムは知ってた?この街、今年で生誕百周年を迎えたんだって」

 ネオがそう言うと、ティムが思い出しながら頷いた。

「ああ、そう言えば今朝のニュースでやってたな」

「この後、式典が開かれるって言うけど二人は行く?」

 ネオに訊かれ、ヒミィとティムは顔を見合わせた。

「式典かぁ……どうする、ティム?」

「どうせ、市長や来賓で来た偉い人達の話を延々と聞かされるんだろう?そう言うのは、クリスマス礼拝の校長の話で十分さ。新年早々、頭を痛めたくないんだ」

 ティムは、全く行く気がない。

「でも、その式典の後は『この街の百年』って言う、記録映画も上映されるらしいんだ。少し、興味がないか?」

 そう言ったのは、何とセピアだった。

 ヒミィが、驚いて訊く。

「あれ、セピアもいたの?」

「さっき、来たばかりさ。ほら、この街は毎年春になると委員会の人間が、記録の為に街中を撮影して回るだろう?僕達だってもしかしたら映っているかもしれないし、百年前のこの街がどんなだったかなんて事も、興味があるじゃないか。場所は広場脇の講堂だから、すぐ其処だし」

「僕、ちょっと興味出て来た……かも」

 ネオが遠慮がちに言うと、ヒミィも元気良く手を挙げた。

「僕も、見に行きたい!百年前なんて、パパやママ……それどころか、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんが生まれるよりずっと前だよね?ねえ、皆で行こうよ!」

「えーっ!君達、本気で言っているのか?僕は、スケートをしに来たんだ。式典や映画を見に来た訳じゃないから、いいよ」

 アーチは、反対のようだ。

「ティム、君は?」

 セピアに訊かれ、迷っていたティムは肩を竦めた。

「まあアーチと二人、此処に残されて冷たい氷の上を滑っているよりは、温かい講堂の中で映画でも見ながら眠っていた方が、遥かにマシだな」

 クスッと笑ったセピアは、講堂の方を指差した。

「よし、決まりだな。それじゃあ、四人で行こう。来場者には、温かいロイヤルミルクティーとシナモンアップルタルトが、無料で配られるそうだよ」

「うわぁ!益々、行きたくなっちゃった!ねえ、早く行こうってば!」

「甘いものが出た途端、これだもんなヒミィは……」

 皆を急かすヒミィを見て呆れているティムの肩を、セピアはポンと叩いた。

「甘いものが苦手なティムにも、朗報。ハーブティーとクラブハウスサンドって組み合わせも、アリだ……どう?」

「……行こう」

 ティムのその一言にヒミィとネオは顔を見合わせ、思わず吹き出してしまった。

「じゃあ、出発だ!」

 セピアを先頭に出口へ向かって滑り出す四人を見ながら、アーチは迷いつつも慌ててその後を追いかけた。

「ちょ、ちょっと、待ってくれよ!やっぱり、僕も行くってば!」



 講堂前は、案外閑散としていた。

 ティムは、腕を組んで言う。

「まあ、こんなものなのかもな。今更、街の歴史なんてって奴が多いのかもしれない」

「そうだな……僕らくらいの年代は、特にそうかもしれないな。ほら、こうして見てみても年配の方が多いだろう?」

 セピアの言う通り、列に並んでいるのは皆、年配層ばかりだった。

「やっぱり、自分達の祖先が地道に作り上げて来た街だから、あのくらいの年代の人達は興味があると思うよ。多分、僕のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんも何処かに並んでると思う」

 そう言って、ネオはキョロキョロと辺りを見回した。

「ねえ、シナモンアップルタルト無くならないよね?大丈夫だよね?」

 ヒミィの頭の中は、シナモンアップルタルトの事で一杯のようである。

 ティムは、無言で頭を抱えた。

「それより、開場はまだなのか?もう、立っているのも疲れたよ……」

 アーチは、先程からこの台詞を何度も繰り返している。

「もうちょっとだから、我慢しよう」

 セピアもアーチに付き合って、根気強く何度もこの台詞を繰り返す。

 その時だった。

「あっ!」

 突然ヒミィが叫び、列を抜けて走り出した。

 皆が一斉に振り返ると、ヒミィは隣にある広場に立っている大きな桜の木の下に、しゃがみ込んでいた。

 脇には、老人が倒れている。

「大変だよ、行こう!」

 ネオがそう言い、残りの四人も桜の木へ向かって走り出した。

 ヒミィは、一生懸命老人を抱え起こそうとしている。

 四人もそれに加勢し、老人は杖をついて立ち上がった。

「やあやあ、お若い方達。どうも有り難う。雪が積もっているせいで、杖が滑ってしまってね……本当に、助かったよ」

「いえ、どう致しまして。ところでお爺さん、僕が気付いた限りではずっと此処に立っていたようだけど……こんな寒い所にいたら、風邪を引きますよ?」

 ヒミィがそう言うと、老人は静かに微笑んだ。

「いや、実は人を待っていてね……」

「御家族ですか?」

 セピアが訊くと、老人は首を横に振った。

「家族、ではないな……まあ、恐らくもう来ないじゃろうが」

「来ないと分かっていても、待っているのは何故です?」

 今度は、ティムが訊ねる。

 老人は、空を見上げた。

「分からんのじゃよ、自分でも……ただ、信じたいだけなのかもしれん」

「その人を……ですか?」

 ネオの質問に、老人は黙って頷いた。

「あ、列が動き出した。ほら、行こうよ」

 アーチが、講堂を指差す。

「お爺さんも、良かったら来ませんか?中の方が温かいし、美味しいシナモンアップルタルトが無料で貰えるんですよ!」

 ヒミィの発言に、またもや頭を抱えるティム。

 老人は、静かに笑った。

「有り難う。しかし、儂はもう少しだけ此処に立っている事にするよ……本当に、有り難う」

 ヒミィ達は顔を見合わせた後、老人に頭を下げて講堂へと走った。



 無事、シナモンアップルタルトと温かいロイヤルミルクティーを手に入れたヒミィ達は(ティムは、ハーブティーとクラブハウスサンド)、会場内の椅子に腰掛けた。

 席はすぐに埋まり、暫くしてライトが消えた。

 場内が静まり返ると司会進行の下、式典が滞りなく行われた。

 最初は真面目に話を聞いていたヒミィ達も、やがて飽きて来て食事に集中したり、あまりの暖房の温かさにウトウトしたりした。

 ただティムだけは最初から寝る体勢に入っており、真面目に聞くつもりはなかったようだが。

 そして一時間にも及ぶ式典がようやく終わり、プログラムは記録映画へと移った。

 何しろ機材が古い為、音声は入っていないと言う。

 最初にスクリーンに映ったのは、見た事もない荒れ果てた広い土地であった。

「え……こ、こんなに、何もなかったの?」

 ヒミィはそう呟き、呆然としながらスクリーンを見つめている。

「それが此処までになったんだ、昔の人は偉いね」

 セピアの言葉に、ヒミィはただ頷くばかりだった。

 やがて人々が集まり、土地を耕して畑や建物が出来た。

 十年も経つと今ほどではないが、小さくとも街と言えるような集落に成長したのである。

「何だか、気が遠くなる話だね。御先祖様を、本当に尊敬するよ」

 ネオがそう言い、皆も静かに頷いた。

 流石のティムも街の移り変わりを目にする度、どんどん引き込まれているようである。

 アーチも、目の前のスクリーンに集中している様子だ。

 そして二十五年目の時、ようやく先程の広場に立っている桜の木が植えられた。

「と言う事は、あの桜はもう七十五年もこの街にいるんだね……知らなかったなぁ」

 感心しながら、ヒミィが呟く。

 今、街で行っているような祭りや催し物も徐々に始まり、現在の街の様子に繋がる基礎が出来て来た。

 画面の中の街は、年代を追うごとに目まぐるしく変わって行くが、広場の桜だけは変わる事無く、春に満開の花を咲かせていた。

 ようやく五十年目の映像に切り替わった時、再び桜の木が写った。

 桜の木の下で、若い男女が楽しそうに笑っている。

 撮影していた委員会の人間に、インタビューされる二人。

 声が入っていないので何を言っているかは分からないが、二人ともとても幸せそうだった。

 委員会の人間にからかわれて顔を真っ赤にする二人を見て、会場から笑いが漏れた。

 男性の手に握られていたのは、古ぼけた銀の指輪だった。

 それを、女性の左手の薬指に嵌める男性。

 委員会の人間達が、拍手をする様子が写っている。

 会場からも、パラパラと拍手が起こった。

 花びらが舞い散る中、桜の木の下で女性はとても幸せそうだった。

「何だか、こっちが恥ずかしくなるね……」

 ネオがはにかみながら言うと、セピアもクスッと笑った。

「あの桜の木の下でプロポーズなんて、この男性も中々ロマンチックだな」

 ただ、問題は此処からだった。

 会場の人達は気付いていないようだったが、この翌年の映像から時々小さく画面の隅に映る桜の木の下に必ず先程プロポーズをしていた若い男性が立つようになったのだ。

 画像も悪く、ピントも桜に合っていないようなボヤけた映像なので分かりにくいが、確かに年を追うごとにその男性は必ず桜の木の下にいるのだ。

「ねえ、あれプロポーズしてた男の人だよね」

 最初に口に出したのは、ヒミィだった。

 セピアが、目を丸くする。

「ヒミィ……君も、気付いていたのかい?」

「実は、僕もちょっと気になってた……やっぱりあれ、さっきの若い男の人だよ。彼女は、どうしたのかな」

 ネオが心配そうに言うと、アーチが冷たく返して来た。

「どうせ、別れたに決まってるさ」

「ア、アーチ!」

 ヒミィは、アーチを睨んだ。

「さっきプロポーズをしてたのは、五十年目の春の映像だっただろう?翌年の春には、既にあの人は一人で立っていたんだよ?あんなに幸せそうだった二人が、たった一年で別れる訳がないじゃないか!」

 ヒミィは、ムキになっている。

 ティムは、腕を組んだまま黙り込んでいた。

 若い男性は、毎年必ず桜の木の下に立っていた。

 そしてプロポーズから五年が経った五十五年目の春、男性はいなくなっていた。

「あれ……いない」

 ヒミィが、ポカンと口を開ける。

「当たり前だろう?さっきの彼女を待っていたんだとしたって、五年もだぞ?僕は彼に、分からず屋と言ってやりたい気持ちだよ」

 誰もが、その台詞はそっくりそのまま君に返すよアーチ……と言いたかったが、我慢した。

「あ、ほら……あれ、あの女の人じゃない?」

 ネオの言葉に、皆はスクリーンを見つめた。

 男性は来なかったが、ようやくプロポーズを受けた女性が五年ぶりに現れたのだ。

 プロポーズ時の面影はあったものの、女性は酷く痩せており車椅子に乗っていた。

 そして何とか力を振り絞って車椅子から降り、何と桜の木の根元を掘り始めたではないか。

「何か、埋めたな……何だろう」

 セピアは、目を細めながらスクリーンを見つめる。

 とにかく、映像の中心は街の人達のインタビューや祭りの様子の一部なので、隅にたまたま映り込んでいるだけの桜の木は、見にくくて仕方がないのだ。

「あ、帰っちゃう……」

 ネオの言う通り、女性は何かを桜の木の根元に埋めると、再び車椅子に乗って画面から消えて行ってしまった。

「何だよ、あれ……」

 アーチも、訳が分からず呆然としている。

 映像が翌年の五十六年目のものに切り替わると、再び桜の木の下にあの男性が現れた。

「え?何?どう言う事?」

 ヒミィは、訳が分からなくなっている。

 セピアは、考え込みながら言った。

「恐らく……偶然行き違い、になったんだろうな」

「縁がなかったのさ」

 アーチは、静かに肩を竦めた。

「あのさ……」

 其処でずっと黙っていたティムが、口を開いた。

「あの男の人、さっき桜の木の下にいたお爺さん……っぽくないか?」

 皆は、目を丸くした。

 映像は、徐々に現在に近付いて行く。

 男性は、相変わらず桜の木の下に立っていた。

 満開の桜は毎年同じように綺麗な花を咲かせるのに、男性だけが年を取って行った。

「た、確かに。段々、あのお爺さんに似て来ているような気がするよ……」

 ヒミィがそう言い、皆も頷かざるを得ないような状況になって来た。

「じゃあ、あのお爺さんが待っている人って、ひょっとしてあの女性の事……」

 ネオが、呆然としながら呟く。

「だけどさっき何かを埋めていた年以来、結局一度も現れていないじゃないか」

 アーチの、言う通りである。

 あの女性が画面に出て来たのは、プロポーズを受けていた年と桜の木の下に何かを埋めていた年の、たった二回だけだ。

「きっと、あの女の人に何か理由が出来たんだろうな……プロポーズから五年の間に、随分と変わり果てた姿になっていた」

 ティムの意見に、セピアも同意する。

「そうだな……桜の木の下に埋めた何かが、謎を解く鍵になるかもしれない」

「これ、春の映像しかないじゃない?だけどあのお爺さん、こんな寒い時期にもああして転びそうになりながら、立っていたって事は……もしかしたら、毎日あの桜の木の下であの女の人の事を待っていたのかもしれないよ」

 ネオがそう言うと、ヒミィは泣きそうな顔をした。

「そんな……いつまでもすれ違いのままじゃ、二人とも可哀想だよ。ねえ、僕達で桜の木の下を掘り返そう?」

「はぁ?何言ってんだよ、ヒミィ!」

 アーチは思わず大きな声を出しそうになるのをグッと堪え、ヒミィに言った。

「余計な事に、首を突っ込むなよ。僕達には、関係のない事だろう?全く、ヒミィのお節介には呆れるよ」

「でも……でも、僕……」

 今にも泣き出しそうなヒミィの肩に、セピアは優しく手を置いた。

「行こう。もう、外は暗い時間だ。行動は、早めに起こした方がいい」

「本気か?」

 声を裏返らせる、アーチ。

「そうだね……僕も、気になる」

 ネオは、賛成のようだ。

「ま、そう言う事だから……じゃあな、アーチ」

 ティムがアーチの肩を叩くと、四人はそっと会場を抜け出した。

「はぁ……一人で見てたって、つまらないんだよ」

 アーチも、慌てて四人の後を追った。



「何とか言って、借りて来た」

 ネオが、講堂の受付で小さなシャベルを借りて来た。

「まずは、雪除けからだな」

 セピアは、早速桜の木の根元の雪を掘り始めた。

 皆も、黙って掘る。

「ああ、冷たい……全く、君達は何処までお人好しなんだ?」

 文句をつけながらも、一緒にやってしまうのがアーチのお人好しな所である。

 空は、もう暗い。

 人々はライトアップされた街の中や雪像に集まっているので、花も葉もないただの桜の木には誰も寄り付かなかった。

 五人は黙々と掘り続け、ようやく地面が見えて来た。

「よし、いい調子だ。後は、目的のモノが出て来るまで土を掘るだけだな」

 五人は手分けをして、何箇所かを深く掘り進めて行った。

 当たりが出たのは、アーチが掘った場所だった。

「あれ……何か、小さな箱みたいなのが出て来た」

 土の中から引っ張り出したそれは小さな宝石箱のようなもので、かなり劣化していた。

「鍵は、掛かってないみたいだ」

 アーチが箱の蓋を開けると、中には古い手紙と銀の指輪が入っていた。

「これって……もしかして、あの?」

 ヒミィが目を丸くすると、セピアは小さく頷いた。

「やっぱり、これを埋めたのはあの女性だったんだな……」

「手紙、どうするの?僕達、読んでいいのかな……」

 ネオが訊く。

 皆は、顔を見合わせた。

 暫くして、ティムが一つの案を出した。

「あのお爺さんが明日、今日と同じ時間に此処に来る事を信じて、僕達ももう一度此処に集まろう。手紙は読まず、直接この箱をお爺さんに渡した方がいいだろう。今日あった事を正直に話せば、多分僕達にも何があったのか教えてくれるんじゃないか?」

「なるほどな……」

 セピアが、納得したように頷く。

「それが一番かもしれないね、人の手紙だし」

 ネオも、笑顔で頷く。

「けど、探し出したのは僕達だぞ。僕達にだって、手紙を読む権利がある!」

 アーチはそう主張したが、あっさり却下された。

「お爺さん、喜んでくれるといいね」

 ヒミィの言葉に、皆が頷く。

 小箱は一旦セピアが預かる事にして、五人は取り敢えず家路に着いた。



 翌日、五人は再び桜の木の下に集まった。

 五人が桜の木の下で待っていると、昨日の老人が杖をつきながら歩いて来た。

「あ、来たようだな」

 セピアの声に、皆が一斉にそちらを見る。

「お爺さーん!」

 ヒミィが嬉しそうに手を振ると老人は驚いた顔をしたが、やがて手を振り返しながらこちらへ歩いて来た。

「やあ、驚いたよ……昨日は、助けてくれて有り難う」

「いえいえ。それよりお爺さん、僕達凄い情報を持って来たんですよ!」

 ヒミィは、言いたくて仕方ないと言う顔をしている。

「凄い情報?はて、何じゃろう……」

「貴方がずっと待っていらっしゃるのは、もしかして女性ではありませんか?この小箱に見覚え、ありますよね?」

 セピアが昨日掘り出した宝石箱を差し出した途端、老人は目を見開いた。

「ど、どうして、それを……」

「この桜の木の下に埋まっていたのを、昨日僕達が掘り出したんですよ」

 セピアに続いて、ネオも講堂を指差しながら言う。

「昨日の式典の後、記録映画の上映会があったんです。この街の百年間が、撮影されたものでした。その時、お爺さんらしき若い男性と女性がこの桜の木の下でプロポーズをしている場面が、映ったんです」

「何と……」

 老人は、驚いた顔をしている。

 ネオは、話を続けた。

「それからお爺さん、たった一人でこの桜の木の下にずっと立っていましたよね……」

 暫く黙っていた老人は、静かに語り出した。

「儂は当時、二十歳じゃった。彼女は、二つ下の十八歳……儂らはあの年、この桜の木の下で結婚を誓い合った。撮影に来ていた委員会の連中にからかわれたのを、今でも覚えとるよ。しかし、それからすぐに彼女は何も言わず、儂の前から姿を消した」

 皆が、息を呑む。

「儂は彼女を信じ、毎日此処で待っていた。だが、彼女は来る事はなかった」

「相手の自宅へは、行かれなかったんですか?」

 ティムが訊くと、老人はフッと笑った。

「当時は、今のように恋愛もそう自由に出来る時代ではなかった。彼女の事は、名前と年齢くらいしか知らなかったんじゃよ。会う時も、場所は必ずこの桜の木の下だったしな。しかし……何故、この箱を?」

「プロポーズから、五年目の映像にその女性が映っていたんですよ。彼女は、ちゃんと此処に来たんです」

 セピアの話を聞いて、老人は酷く驚いた様子だった。

「ご、五年目と言えば儂の仕事の転勤が決まってな、一年間地方へ行っていた年じゃ。そ、その年に、彼女が……彼女が、来たんじゃな?」

「はい……女性は、これをこの桜の木の下に埋めて去って行きました」

 セピアから箱を受け取った老人は、蓋をそっと開けた……そして。

「おお!た、確かにこれは、彼女に初めてプレゼントした宝石箱と、プロポーズの時に彼女に嵌めた指輪……」

 老人は嬉しそうに懐かしそうに、そして愛おしそうにそれらを見つめていた。

 五人も、自然と笑みが零れる。

 次に老人は古い手紙を取り出し、静かにそれを開いて読んだ……そして。

「な、何と言う事だ!彼女は……ノーラはプロポーズの翌年、病に倒れてしまったと……」

 五人は、言葉を失った。

 あのやつれた姿、車椅子……あれは、病のせいだったのだ。


「五年もの間、何の連絡も取れずにごめんなさい。
 ただ、死ぬ前に貴方に伝えておきたかった。
 ダンテ、どんなに離れていても私の心は貴方のものです。
 私の一番大切な宝物、貴方から貰ったこの指輪は
 貴方が持っていて下さい……」

 

 老人が読む手紙を、黙って聞く五人。

「愛しい、私のダンテ。
生まれ変わったら、私は必ず貴方を探します。
再び出会ったその時、この指輪をまた私に……」

 


 老人は手紙を読みながら、涙を堪える事が出来なかった。

 五人も、何とも言えない気持ちになった。

 一頻り泣いて気持ちを落ち着けた後、老人は涙を拭って言った。

「大切な宝物を探し出してくれて、有り難う。昨日助けてくれた事といい、本当に何と礼を言ったらいいのか。儂は、今日の事を決して忘れんじゃろう。五十年ぶりにノーラとこうして会わせてくれた、君達の事もな」

 こうして、老人とヒミィ達は手を振って別れた。

 雪道を歩きながら、ヒミィは言う。

「出来れば、二人を会わせてあげたかったな……」

「流石に、其処までは面倒見切れないよ」

 即座にアーチに返され、口を尖らすヒミィ。

 それを見ながら、セピアは笑って言った。

「でも、ノーラさんも喜んでくれていると思いたいな」

「そうだな……やっぱ、記録映画って大事かも」

 ティムがそう呟くと、ヒミィも大きく頷いた。

「本当に、そうだね!街の移り変わりだけじゃない、人と人との繋がりもああやって記録されて行くんだから」

「これからは大人になった僕達や僕達の子供、孫……そして、もっと先の人々とこの街の未来が、永遠に記録に残って行くんだろうね」

 ネオの言葉に、皆は静かに頷いた。

「どうでもいいけど、僕がお爺ちゃんになった時の映像は絶対に残さないで欲しいな」

 アーチはそう言って、複雑そうな表情を浮かべた。

「お爺ちゃんになった、アーチ……」

 ティムがそう呟いて、プッと吹き出した。

 そんなティムを見ながら皆も顔を見合わせ、すぐにお爺ちゃんになったアーチを想像して、一斉に笑い出したのだった。

「なっ、何だよ、皆して……失礼じゃないか!」

 アーチだけが、顔を真っ赤にして怒っていた。



 この年の春、委員会は例年通り今年の分の記録映像を撮影する事になるのだが……。

 今年の記録は、桜の木の下に仲良さそうに佇む年配の男女二人が中心となった。

 病で倒れたフィアンセが遠い街の療養所で体を治し、五十年ぶりに自分の元に戻って来たらしく、撮影内容の流れがその奇跡のようなラブストーリーを追う形に自然となってしまったのだ。

 その後二人は高齢にもかかわらず、五十年前にプロポーズを交わした桜の木の下で、街中の人達に祝福されながら式を挙げたと言う。

 その幸せな二人の物語は、永遠にこの街の記録映画として残されて行った。


おしまい 
 
二〇〇五.四.二一.木 
by M・H


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