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想い出の住む街 第二話

 皐月 ー 五月 ー


 ある日の放課後。

 ヒミィとティムは、家へ戻らずに病院へと向かった。

 大通りを右折し、少し奥まった所にある静かな病院だ。

 窓は海辺に面しており、全ての病室から青い海が見渡せるようになっていた。

 真っ白い壁に緑色の蔦が絡まった建物で、何処からともなく漂って来る消毒液の匂いが、ツンと鼻を刺す。

「此処、食事が美味しいって有名らしいね」

 入口の前で、ヒミィがそう言った。

「そうなのか?」
 ティムが訊くと、ヒミィは大きく頷いた。

「近所のお婆ちゃんが、この病院に入院してた事があるんだ。退院して来た時に、此処の食事が美味しかったって皆に言って回ってたよ」

「ふーん……とにかく、入ろう」

 中に入ると、大きな待ち合いロビーが広がっていた。

「ヒミィじゃ時間が掛かるから、僕が訊いて来る」

「どう言う意味さ!」

 怒るヒミィを見てクスッと笑ったティムは、ヒミィを待たせたまま受付へ行った。

 中の看護師と二言三言会話を交わし、戻って来たティムにヒミィが訊く。

「何号室?」

「三一一号室だって。三階の、一番奥の部屋らしい」

「じゃあ、行こう」

 そう言って、ヒミィはキョロキョロと階段を探した。

「こっちだ」

 ティムは階段へと向かい、ゆっくりと上り始めた。

 ヒミィも、後に続く。

 白衣の看護師や医者、点滴の器具を引いて歩く患者、見舞いに来た人達や外来の患者など、沢山の人達の話し声でロビーは静かながらもザワついている。
 

 ようやく三階まで辿り着いた二人は、三一一号室を探した。

「あった、此処だ」

 一番奥の部屋を指差したヒミィは、ドアをノックした。

「どうぞ」

 中から声がしたので、二人はそっとドアを開けて中へ入った。

「お見舞いに来ました。具合、どうですか?」

 ヒミィが、早速話しかける。

「手ぶらで、申し訳ないですけど……」

 ティムも、悪がって言う。

 ベッドに横たわったまま足をギプスで固定された少年は、静かに笑った。

「わざわざ、有り難う。この通り……格好悪いったら、ないだろう?」

 少年は、自分のギプスの足を忌々しそうに見つめている。

「えーっ!全然、そんな事ないですよ。だって、名誉の負傷なんだもの。皆、マオのお陰だって喜んでいましたよ」

 ヒミィがそう言うと、マオと呼ばれた少年は再び微笑んだ。

「そうか……そう言ってもらえると、救われるよ」

 マオと言うのは、何を隠そうネオの1つ上の兄だ。

 彼は、校内でも飛び抜けて運動神経が抜群な事で有名だった。

 そんな彼が、何故こんな事になってしまったのか。

 それは、一週間前。

 他校との親善試合が行われ、種目はマオの一番得意な球技だった。

 マオ自身も張り切っていたし、周りもマオに期待していた。

 だが、相手は何と球技では負けないと評判の、強豪チームだったのだ。

 しかしそれにもかかわらず、こちらもいつにも増してメンバーが頑張ってくれていたので、お互い譲らずに勝負は引き分けかと思われた。

 そして接戦の末、最後の最後にマオが点を決めたのだ。

 そのお陰で、こちらのチームは見事に勝利を収めた。

 相手も素直に負けを認め、皆がマオに拍手を送った。

 その時、最初にマオの様子がおかしいと気付いたのは顧問の教師だった。

 皆がマオの元に駆け寄ると、マオは足の痛みを訴え出した。

 急いで病院へ行ってみると、何とマオの足の骨は折れていたのである。

 最後の点を決める時、少しバランスを崩してよろけたのが原因らしかった。

 複雑骨折でなかった事が、せめてもの救いだ。

「兄さん?」

 其処へ、ノックの音と共にドアの外からネオの声がした。

「入れよ」

 マオがそう答えると、ドアが開いてネオが入って来た。

 その後ろに、セピアもいる。

「セピア……君も、来たのか」

 ティムが驚いて言うと、セピアは頷いて答えた。

「丁度、下のロビーでネオと会ったんだ」

「ヒミィもティムも、来てくれたんだ……兄さん、新しい花持って来たよ。取り替えて来るね」

「ああ、有り難う」

 ネオは、自分が持って来た花と古い花の入った花瓶を持って出て行った。

 セピアは側にあった空いている椅子に座り、マオに言った。

「手ぶらで、すみません」

 マオは、首を横に振った。

「そんな事は、気にしなくてもいい。来てくれたと言うだけでも、有り難いよ」

 ヒミィも、肩を竦める。

「僕達も、気が利かずに何も持って来なかったんだ」

 セピアは笑って頷くと、マオの足を見つめた。

「また、頑丈そうなギプスですね……いつ、取れるんです?」

「もう、二週間はかかるだろうな。何をするにも億劫でさ、これじゃあ体力も衰えちゃうよ」

 そう言って、マオは困ったような笑みを浮かべた。

「でも、マオならまた元通り復活しますよ!格好良かったなぁ、親善試合!」

 ヒミィが親善試合の事を思い出しながら言うと、ティムは溜息をついた。

「ヒミィは、ずっとこれなんだ。運動は苦手だから、マオに憧れるってさ」

 マオは、ハハハと笑う。

「こんな僕でも、憧れてくれる後輩がいるってのは幸せな事だな」

「マオに憧れている生徒はいっぱいいると思うな、僕は!」

 ヒミィは、ちょっとムキになって言った。

 コンコン、とノックの音がする。

「入るよ」

 ドアの外から声がして、花瓶を持ったネオが戻って来た。

 そしてそれを窓際に置くと、椅子に座った。

「まだギプス、取れないんだろう?」

「そりゃあ、そうさ……あーあ、外は相変わらずいい天気だな。いくら名誉の負傷とは言え、自分が情けない」

 マオは、窓の外を眺めた。

 確かに外は、とてもいい天気だった。

 木々には葉が青々と生い茂り、太陽の光はキラキラと輝いている。

 時々吹いて来る潮風はとても心地良く、皆の髪の毛を静かに揺らした。

 海は青く透き通り、白い船が遠くの方に見える。

 微かに、汽笛の音が聞こえた。

 同じく青い空には、飛行機雲が螺旋を描いている。

 病室に籠もっているのは、本当に勿体無い気がして来る。

「まあ敢えて強がりを言わせてもらえば、此処の病院は食事も美味しいし、看護師さんもとても親切なんだ。家族も僕の為に毎日来てくれるし、至れり尽くせりの毎日だって事かな」

 それを聞いて、皆は一斉に笑い出した。

 それから暫く話し込み、まだ此処に残ると言ったネオを置いて、ヒミィとティムとセピアの三人は帰る事にした。


「それにしてもあのギプス、痛々しかったね……」

 廊下を歩きながら、ヒミィが言った。

 ティムも、頷く。

「確かに。早く、良くなって欲しいよな」

「ねえ、奇跡のクローバーの話を知ってる?」

 突然、セピアが真面目な顔でそう言った。

 ヒミィとティムは、顔を見合わせている。

「奇跡のクローバー……って?」

 ヒミィが訊くと、セピアは答えた。

「父が僕達くらいの頃、同じクラスの友人に病弱な子がいてね、ずっと学校にも来られずに入院生活が続いていたらしいんだ。彼は昔は活発で、真っ黒に日焼けしている元気な子だった。父達は、何としてでも昔の彼に戻って欲しかった……其処で、思いついたんだ」

「何を?」

 興味津々で、ヒミィが訊く。

 セピアは言った。

「ほら、昔からよく言うだろう?四つ葉のクローバーをお守りに持っていると、幸せになれるって。当時の父達が彼の為に出来る事って言ったら、そんな事くらいしか思いつかなかったんだよ。今もあるけど川沿いの原っぱ、クローバー畑になっているだろう?」

「其処で、探したんだね?その男の子の為に!」

 ヒミィが嬉しそうに言うと、セピアは黙って頷いた。

「それで、どうなったのさ。四つ葉のクローバーは、見つかったのか?その子の病気は、治ったって言うのか?」

 ティムは、話の先を促した。

 しかし、セピアは肩を竦める。

「さあ……残念ながら、その先は聞いてないよ」

「何だよ、またそれか……」

 ティムは、溜息をついた。

「ただね、結果がどうであれ友人の為に自分達が出来るだけの事をやろうと思った、その心が大切なんじゃないか?違うかな」

 そのセピアの言葉を聞いて、ヒミィは言った。

「やろうよ、それ!」

「何を」

 ティムが訊く。

 ヒミィは、力強く答えた。

「探すんだよ、僕達でそのクローバーを!」

「はぁ?」

「マオに早く良くなって欲しいって、さっきティムも言ったじゃないか!」

 怒り口調のヒミィを、ティムは宥めた。

「ああ、分かった分かった……まだ、誰も探さないなんて言ってないだろう?」

「じゃあ、協力してくれるんだね?」

 ヒミィが笑顔で訊くと、ティムは溜息をつきつつも、素直に頷いてしまうのであった。

「良かった……じゃあさ、早速今日探しに行こうよ!」

 ヒミィは嬉しくなって、階段を一気に駆け下りて行った。

「おいおい、此処は病院だぞ。静かに下りろ、静かに!」

 ティムが、慌てて注意する。

 そんな二人を見て、セピアはクスッと笑った。


 一旦家へ戻った三人は、ネオとアーチも誘って五人で行く事にした。

 三人よりは、五人で探した方が捗るからだ。

 勿論ヒミィは、ママにきちんと遅くなる理由を告げてから家を出て来た。

 集まった五人は、川沿いの道をひたすら原っぱに向かって歩いて行った。

「今夜は満月だな、運がいい……」

 セピアが、暗くなった空を見上げて呟く。

「え、何?満月って……」

 ヒミィが、すかさず訊き返す。

「それって、何か関係があるの?」

 その質問に、セピアは微笑んで答えた。

「月夜の晩、特に満月の下のクローバーは月の光を浴びて不思議な力を放つものなのさ」

「それ、本当の話なのか?」

 アーチが、半信半疑で訊く。

「信じる信じないは、本人の自由だ」

 セピアが、微笑んだままそう答える。

 ヒミィは、真剣な顔で言った。

「僕は勿論、その話を信じるよ!」

「だろうね……」

 アーチが、厭味交じりで呟く。

 ヒミィは、それを無視して話を続けた。

「でも……四つ葉のクローバーなんて、そう簡単に見つかるものじゃないよね。何だか、とても心配だなぁ」

 セピアは、笑いながらヒミィの肩に手を置いた。

「そんな、心配性なヒミィの為に……ちょっとした、おまじないがあるんだ。試してみるかい?」

『おまじない?』

 皆が、同時に呟く。

 セピアは、頷いた。

「いいかい、もう原っぱは目の前だろう?でも原っぱに入る前に皆で手を繋いで、この月の下で目を閉じるんだ。そして、マオの回復を心から願う。願った後に目を瞑ったまま、皆で一斉に三歩進む……それから原っぱへ入り、四つ葉のクローバーを探すのさ」

 皆は、互いに顔を見合わせた。

 そのおまじないは、一体どのような意味があると言うのか。

 アーチは、相変わらず疑り深そうな顔をしている。

「何だよ、それ……それをする事によって、何が変わるって言うのさ」

「そうした方が、見つかるような気になって来るだろう?」

 セピアが笑ってそう言うと、アーチはガックリと肩を落とした。

「なーんだ、気がするってだけか……だったら、そんなのやったって意味ないね。見つからない時は見つからないし、ないものはいくら探したってないんだから。そう思わないか?」

「さあ……それは、どうかな」

 セピアは皆に聞こえないようにそう呟くと、静かに笑った。

「どうする?やるかやらないかは、皆の自由だ」

「僕は、どちらでも構わないよ。兄の為に皆がこうして集まってくれただけでも、僕にとっては有り難い事なんだから。きっと、兄も喜んでくれていると思う」

 ネオは、そう言った。

「僕も、構わない。そのおまじないとやらを信じている訳じゃないけど、しないよりはした方がいい……とは思うから」

 素っ気ないながらも、ティムはそのおまじないに賛成のようだ。

 ヒミィが迷っていると、セピアは意味深な笑みを浮かべた。

「ヒミィ、僕は強制はしていないんだよ?」

 ヒミィは、黙って頷く。

 セピアは、話を続けた。

「でもね……このおまじないは、今日のような満月の夜にしか出来ないんだ。それでも君は、やらないと言える?」

 そのセピアの言葉は、決定打となった。

 月明かりの下、催眠術にでもかかったかのようにヒミィは力強く頷いた。

「分かった、やるよ!皆で目を瞑って、マオの回復を祈るんだ。アーチもだよ、いいね!」

 こう言う時のヒミィは、誰が何と言おうと止める事は出来ない。

 皆は、言う通りに目を瞑った。

 そして、満月の下でマオの回復を祈った。

「祈ったら、目を瞑ったまませーので三歩進むんだ。行くよ……せーの!」

『一、ニ、三!』

 セピアの合図で、五人は同時に三歩進んだ。

 ゆっくりと、目を開ける。

「何か……変わったか?」

 ティムが、瞬きしながら呟く。

 セピアは、クスッと微笑んだ。

「まさか、何も変わってる訳ないじゃないか。言っただろう、ただのおまじないなんだよ……さあ、もう遅い時間だ。急いで、クローバーを探そう」

「な、何だって?」

 原っぱへ入って行くセピアを見て、ティムが目を丸くする。

 アーチは、ズカズカと原っぱへ踏み込みながら怒鳴った。

「だから、言ったじゃないか……僕達は、セピアに担がれたのさ!」

 残りの三人も呆気に取られつつ、無言のまま原っぱへ入った。

 しかし最初に原っぱにしゃがみ込み、声を上げたのはアーチだった。

「う、嘘だ!」

「どうしたアーチ、静かに探せよ」

 ティムが、文句を言う。

 だが、アーチは勢い良く立ち上がり、叫んだ。

「だ、だって……こ、これ、良く見てみろよ!この原っぱ、四つ葉のクローバーしかないんだ!信じられない!何故、こんな事が……」

 アーチは、何を寝惚けた事を言っているのだろう。

 皆は、顔を見合わせている。

「本当だって!良く見て御覧よ、ほら!」

 アーチがあまりにも必死なので、皆も慌ててしゃがみ込み、辺りを見回してみた。

 すると、本当に其処に生えているクローバーは、全てが四つ葉なのであった。

 こんな事が、有り得るのだろうか。

「ほ、本当だ!どうしてだろう……でも、凄いよ!これって、おまじないが効いたって事?」

 ヒミィが、驚いた顔で叫んでいる。

 ティムとネオも顔を見合わせたまま、驚きを隠す事が出来ない。

「だから、言っただろう?」

 セピアは、立ち上がって言った。

「満月の夜は、不思議な事も起こり得るんだ。分かったら、マオの為に四つ葉のクローバーをうんと持って帰ってやろう。奇跡は、信じれば必ず起きるものなのさ」

 セピアの言葉に頷きながら、五人は四つ葉のクローバーを沢山摘んだ。

 そして満月の下、川沿いの道を幸せな気持ちで帰って行ったのだった。


 翌日。

 再び病室を訪れたヒミィとティムは、マオの枕元に小さな硝子瓶に入った四つ葉のクローバーの束が飾られているのを見て安心した。

 昨日、ネオが夜の内にマオの病室に届けてくれていたのだ。

「二人とも、来てくれたんだ」

 既に来ていたネオは、脇の椅子に腰掛けていた。

 ヒミィとティムも中に入り、椅子に座る。

 マオは、二人に言った。

「ネオから、聞いたよ。このクローバー、昨日皆で探してくれたんだって?どうも有り難う、その気持ちだけでも十分過ぎるほど嬉しかったよ。でも……よくこれだけの四つ葉のクローバーを、集める事が出来たね」

「そ、それは……」

 言いかけたヒミィの言葉を遮るようにして、ティムが言った。

「まあ、そんな事はどうでもいいじゃないですか。それよりも、早くその足を治す事だけを考えて下さいよ。親善試合の選抜メンバーだった生徒の皆も、マオの復活を待ってますよ」

 それを聞いて、マオも微笑みながら静かに頷いた。

 するとその時、ノックの音がした。

「どうぞ」

 マオがそう言うとドアが開き、セピアとアーチの二人が入って来た。

「珍しい、組み合わせだな」

 ティムが、驚いた顔をする。

「ロビーで、キョロキョロしているアーチを見つけたんだ。さっさと、受付で病室を訊いて来ればいいのにさ」

 セピアが横目でチラッと見ると、アーチは慌てて言った。

「い、いや、別に……ただ一度も見舞いに来てないのは僕だけだったから、悪いと思っただけさ。たまたま、今日はこっちの道から帰りたい気分でもあったし。そ、それだけの事!」

 そんなアーチを見て、皆はクスクスと笑いを堪えた。

「あの……」

 其処でセピアは、手に持っていた紙袋から小さなカップを取り出した。

「多分皆も来てるだろうと思って、アイスクリーム買って来たんだ。昨日、手ぶらだったからさ」

 すると、ヒミィはハッとして申し訳なさそうな顔をした。

「ああ、また僕は手ぶらだ」

 しかし、マオは笑って言う。

「ヒミィ、言っただろう?気を使うなって。悪いな、セピア」

 セピアは首を横に振り、カップとスプーンを一人一人に手渡した。

「まだ季節的にはちょっと早いけど、たまにはこう言うのもいいだろう?ミントチョコレート、バニラキャラメル、そしてヨーグルトチーズケーキ……定番のメニューだから嫌いじゃないだろうと思ったんだけど、悪かったかな?」

 水色と灰色のストライプのカップには、薄いグリーンにチョコチップの混ざったミントチョコレート、カラメルソースのたっぷり入った薄茶色のバニラキャラメル、イチゴジャムがマーブル状になったヨーグルトチーズケーキが三種類重なり合って入っている。

「うわぁ、美味しそう!僕の大好物ばかりだよ、これ!でも、僕達まで食べていいのかな。マオのお見舞いに、買って来たものなのに」

 そう言いながらも、ヒミィは食べたくて仕方がないと言う顔をしている。

 セピアは、クスッと笑った。

「それは、マオに訊いてくれよ」

「僕は構わないよ、セピアは皆の分も買って来てくれたんだから。それに、丁度病院の食事にも飽きて来た所だったんだ。気の利いたモノを買って来てくれて、助かったよ」

 嬉しそうにアイスクリームのカップを見つめるマオを見て、ティムは拍子抜けした。

「昨日、病院の食事は美味しいって言ったばかりじゃないですか」

「えーと……そうだったっけ?」

 惚けるマオを見て、皆は一斉に笑い出した。

 そして、セピアの買って来てくれたアイスクリームを仲良く食べた。

 去年の夏以来ご無沙汰だったが、季節的に少し早めの今年のアイスクリームも最高だった。


 マオが入院している間、四つ葉のクローバーは萎れる事無くとても元気だった。

 そんなクローバーのように、マオの足もグングン回復して行ったのだった。

 そして、あと二週間は掛かるだろうと言われていたギプスも、何と三日後には取れてしまったのである。

 それを聞いて驚いたヒミィ、ティム、セピア、アーチの四人は休日だった事もあり、退院の日にもう一度病院を訪れた。

 病室にはマオとネオ、そして担当医がいた。

「本当に、見事な回復力だ。もう骨もくっ付いているから、松葉杖も二、三日後には取れるだろう。それにしても、こんなに早く治るとは……本当に、良かった。退院、おめでとう」

 そう言って、担当医は病室を出て行った。

 荷物持ちを手伝いながら、ヒミィは言った。

「ほんと、予定より一週間も早く退院出来て良かったですね」

「そうだね。きっと、君達が摘んで来てくれたあの四つ葉のクローバーの……あれ?」

 窓の方を振り返ったマオは、驚いた表情で首を傾げた。

「なあ、ネオ……今日の朝は、元気だったよな?」

 そう言われて、ネオも窓の方を見る。

 枕元に置いてあった四つ葉のクローバーは、色褪せてげんなりと萎れていた。

 ネオも、酷く驚いている。

「あ、朝までは、ちゃんと元気だったんだ。本当だよ!」

「きっと……使命を果たしたから、萎れちゃったのさ」

 セピアの意見に、マオも同意した。

「セピアの言う通りだ。皆に、礼を言うよ。そして、あの四つ葉のクローバー達にも……」



 マオやネオと別れ、ヒミィ達は病院を出た。

 自然と原っぱの方へ足が向き、四人で川沿いの道を歩く。

「何処にもないな、四つ葉のクローバー……」

 皆でクローバーを探したのは、ついこの間の事の筈なのに。

 辺りを見回しながら、アーチは納得の行かない表情で呟いている。

「一体、どうなっているんだ?」

「そんなの決まっているじゃないか、アーチ。やっぱり、あの時に皆でやったおまじないが効いたからなんだよ。そうだよね、セピア?」

 ヒミィが笑顔で訊くと、セピアも同じく笑顔で頷いた。

「そうだな。後は、僕達のマオを想う気持ちが大きかったって事かな」

「しかも、たまたま満月の夜だった……ってのも、ツイていたんだろうな」

 そう呟いたティムは石ころを拾うと、川へ向かって思い切り投げた。

 石は、水を切って跳ねて行く。

 アーチは眉間に皺を寄せて溜息をつきながら、半分呆れて三人の会話を聞いていたが、やがて納得したように頷くと笑って言った。

「更に言えば、きっと僕達の日頃の行いが良かったせいもある筈さ。だから、奇跡も起きた……そうだろう?」

 それを聞いたティムは後ろを振り返り、少しニヤけながらアーチを見た。

「まあ確かに、それもあるかもしれないな。でも日頃の行いがいいってのは、アーチ……ではない、と思うけど」

「な、何だって?」

 言い捨てて走って行くティムを、アーチはすかさず追いかけて行った。

 ヒミィとセピアも、笑いながら二人の後を追う。

 原っぱには、沢山のクローバーが日の光を浴びて緑色に輝いていた。


おしまい 

 
二〇〇〇.四.二九.土 
by M・H

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