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グリーンバーグ批評選集 備忘#3

 もしかすると本文は書籍を持っていればいつでも参照できるので、感想のほうがのちのち見直すときに重要?

さらに新たなるラオコオンに向かって1940
 アヴァンギャルドとキッチュを読み終えてから読むと意外と読みやすい。支配的な芸術に対する他の芸術がどのようにして相互に影響を及ぼし合ってきたかが序盤説明されていて、特定の芸術の優位性は他の芸術が効果を模倣するため芸術の混乱が起きるのだとか。ただそれは自身のミディアムを隠すだけの技量がある場合に限る(イリュージョンが得意ということ、絵具らしさの無い絵画)。
 ブルジョワ社会に生まれたロマン主義の原理は「芸術家が何かを感じて、この感情(促した状況や事物ではなく感情そのもの)を観衆に伝えるためにミディアムを抑えた」というもの。当時の絵画は文学に支配されていたため、その効果を模倣するべくミディアムを隠していた。
 一方でアヴァンギャルドは社会からの脱出を図ったため、芸術の独立を促そうとした(ちょっとモダニズムっぽさを感じる)。
 このアヴァンギャルドにおいて模範となったのは音楽。音楽はメディウムが最前である芸術であるから、耳で聴きとったとしても感情以外の何物も認識されない。例えば絵を絵具とキャンバスで構成された何か、と認識するよりも先に内容に注目がいくのだろうし、詩は言語が定義する意味が付きまとってしまう。それに反して音楽は旋律になろうがあくまでも音であり続けるため、メディウム以外の何物でもない。

モダニズムの起源1938
 その起源はフランスのマネ。それ以前においてもほのめかされているけれども、マネは絵画の中においてミディアムの処理という形ではっきりと示したから。
 彫刻もモダニズムの先駆になりえたが下火になっていたので絵画で始まった。
 
ああそうですか。

モダニズムの絵画1965
 モダニズムの本質は自己批判性であり、その芸術のミディアムの独自部分を見つめることで芸術の論理性を高めていく。
 絵画においては平面性が独占的で独自なもののため、モダニズム絵画ではルネサンスのようなイリュージョンとは異なる流れへ向かっていく。ただ空間再現を放棄するのであって、モチーフの再現は放棄していない
(これを読んで少しほっとした)。
 次が分かるけど説明してと言われたら自身がないのが、平面性とは完全な平面を求めるものではない。彫刻的なイリュージョンは許容しないが視覚的なイリュージョンは許容しないといけない。という部分。おそらく陰影法による具体的なボリューム感描写は彫刻から得られた絵画技法のため使用しないが、線や面の関係性や色彩の関係性によって奥行きを感じるといった部類のイリュージョンはokということだと思っている。
 モダニストの作り出すイリュージョンは、目によってのみ通過する覗き見ることしかできない空間のイリュージョンである。カッコイイ表現。
 イーゼル画の危機はまとめない。

コラージュ1958
 ピカソとブラックが行ったコラージュについて、その発生原因を探る非常に面白い文章で特に表面性への議論は面白いなぁと読める部分。どうにもキュビスムはセザンヌの継承というイメージが強くて多視点美術でしょうとしか理解できていなかったので、勉強になった。ちょっとこの知識を持ったうえでもう一度キュビストたちのコラージュ作品を見てみたいなと思うところ。今は通読し表面を軸とした振動する奥行きなどの部分は分かったつもりでいるが、実際見てみるとグリーンバーグの言ってた通りだ!と脳死してしまうのか気になる。

アメリカ型絵画、抽象表現主義以後、ポスト・絵画的抽象
 ここらへんの批評からグリーンバーグと取り上げる作家ら距離が近いのか、それとも執筆当時現在進行中の芸術であったためかやや俯瞰性の欠いた文章になっていると思ってしまう。たぶん後者の理由だろう。これは私の知識不足が原因かもしれないけれど、コラージュなどにある明快さに欠けて作家ごとの説明が多くなっているように感じてしまい読みにくい。
 大学の先生に講評において「絵画的ですね」とのフレーズを頂いたとき、絵画的ってなんや⁉って思っていたので通読して理解できたかなという気はしている。たぶんヴェルフリンのマーレリッシュ。
 ただ一方で本文中において帰する場所なき再現性のくだりでも触れられているように、やや閉塞感が漂っていたんだろうなぁとは読めるところ。ポストモダニズムは詳しくないが、抽象表現主義に対する行き詰まりを感じ始めて、というのは何かで読んだ気がするので当時の感覚はこういった空気感だったのだろうか。
 絵画を論理的に発展させていった結果、描かれた内容ではなく構想自体が非常に重要な芸術へと進化した。ただその行き詰まりを解消するべく素人目には真逆とも思えるポップアートに流れが向かっていくのは何があったんだろうと思ってしまう。ポスト・絵画的抽象で少し書かれているところではあるのだけど、どういう論理性をもってポップアートに向かったのかがいまいち読めないところ。最も筆者はそれを解説しようとしているわけでもない。

 あと少しで読み終えるグリーンバーグ。刷毛でバサッバサッって描かれたような近代美術を理解する手始めにはいい本だなと思っているけれども、これを読んだところで私がニューマンのような絵を描いて論理を説明せしめたところで猿真似だなぁと思っている。私個人の動機として絵画史の発達に貢献するといった大業なものはなくて、ただ好奇心から近代美術に関心を持っただけなのだけど、それでは私の現代性はなんでろうとは自問してしまう。趣味的に絵画を描くとしても軸は何か。

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