四千頭身石橋の面白さを考える

私は四千頭身の石橋が好きだ。しかし、私はつい最近まで彼が何故面白いのかがどうしても分からなかった。

四千頭身と言えば後藤拓実・都築拓紀・石橋遼大の3人からなるお笑いトリオで、今をときめく「お笑い第7世代」のメインとして若者を中心に人気を集めている。特に一部の女子からの人気は凄まじく、彼らを推す女子はそれぞれ後藤・都築・石橋に因んで「ごたガール」「つづガール」「バシガール」などと名乗っていたりする。中でも「バシガール」には熱狂的な人が多いらしく、先日一部の「バシガール」の暴走について本人から公共の電波で注意があったらしい。

冒頭でも述べたように私は四千頭身の石橋が好きだ。どこが好きかと言うと、主に顔である。彼はお笑い芸人の中では端正な顔立ちをしている方で、先述の「バシガール」が多くいる理由には彼の顔の良さも一因としてあると思う。かと言って私は「バシガール」ではない。それほどの熱意は無いただの顔ファン、真剣に応援しているファンに1番嫌われるタイプの人間である。

さて、ここまで読んでくれた人の中には冒頭の2文目に引っかかっている人がいるのではないだろうか。「何故面白いのか分からない。」熱心なファンの方は読んだだけでお怒りになるかもしれない。ただ、ここで注意したいのは「何が面白いのか分からない」ではないということである。私は彼で笑ったことがない訳ではないし、むしろ面白いと思っている。漫才のネタ中にはずっと黙っていた彼が一言「混ぜて」と言うだけで笑ってしまうし、いつかの『有吉の壁』で万札を拾った都築・後藤演じる貧しい親子の目線の先でサムズアップする姿を見たときは声を出して笑った。ネタは後藤が書いているかもしれないが、フリートークで笑った記憶もある。私は彼で笑っているのだ。しかし、何故笑っているのかが分からないのである。勿論ネタで笑った場合にはそれ自体の面白さがあるが、私はそれ以外で彼に対して「なんか面白い」という感情を抱くことが多々ある。そしてその理由がずっと分からなかったのだ。ギャグをしている訳でもない。特別面白い話をしている訳でもない。演技が上手い訳でもないし、かと言って下手すぎる訳でもない。以前テレビで後藤と都築がネタを考えている横で何もせずに微笑んでいる様子が映し出されていたが、その割にYouTubeチャンネルの大喜利動画ではそれなりの回答を出していたので、絶望的につまらないという訳でもない。つまらなくないならそれが面白い理由じゃないかと思うかもしれないが、つまらなくないことはスベり笑いという可能性を消しただけで、彼はその能力をテレビでは出さない。もっと言えば、私は彼が平場でボケらしいボケを言っているのを見たことがないかもしれない。そこまで熱心に追いかけていないというのもあるが、言っても彼はお笑い芸人だ。私としても笑っている自覚はあるのだからボケの1つぐらい覚えていてもおかしくないはずである。では、私は何故彼に対して「面白い」という感情を抱くのだろうか。

私はあまりにも不思議に思い、このところずっと理由を考えていた。そして先日ようやく一つの結論に辿り着いた。それは「彼が普通すぎるから」である。

芸能界は特徴的な人で溢れている。とても美しい人やとても面白い人、とても演技が上手い人やとてもスポーツが得意な人など、一般人として生きていたら会わないレベルの特徴を持った人でごった返している。その中で「面白さ」に特化したお笑い界でも熾烈な個性バトルが繰り広げられており、特に「第7世代」と呼ばれている人達は創作物のキャラクターのような個性的な人が多い印象がある。たとえば、宮下草薙の草薙のキャラクターや仕事への態度はこれまでの常識を覆すものだし、ぺこぱの松陰寺のツッコミはお笑いにとって革命的だった。他にも霜降り明星せいやが学生時代にいじめを跳ね返したエピソードや、EXIT兼近・かが屋加賀らが乗り越えてきた複雑な過去など、若さの割にドラマチックな人生を歩んできた人も多い。四千頭身の後藤と都築も例外ではない。後藤のボソボソとしたツッコミは四千頭身が注目されたきっかけの一つだし、都築のファニーな顔立ちはアニメキャラのような親しみやすさを感じさせてくれる。

一方、石橋はどうだろう。先程も述べたように彼は特別面白いことを言う訳でもないし、かと言ってスベっている訳でもない。顔はかっこいいが、いわゆるイケメン俳優たちと並べば一般的なレベルだし、「友達にいそう」というフレーズがよく似合う。サッカーをやっていたらしいが、それを活かしてスポーツ系の企画で活躍しているという話は今のところ私の耳には入ってきていない。特徴的なことといえば意外にも童貞であることぐらいだろうが、聞かれたら答える程度でそれを前面に出して売っているという印象も無い。彼には特徴らしい特徴が無いのである。これは芸能界において信じられないことだ。普通、芸能界でひと山当ててやろうという考えが少しでもある人間なら、自分を何かしら特徴付けようとする。その結果、他の星から来たと言うアイドルや特定のものに異常に詳しい〇〇芸人が誕生している訳だが、彼らの多くが試行錯誤の末にテレビで活躍できるほどの個性を獲得できずにいる。一方の石橋はそもそもその試行錯誤をしている素振りが見えない。彼は元々特筆すべきような特徴を持っていない上にそれを獲得するためのキャラ付けなども行わずにいた結果、「特徴が無い」ことが特徴になったのだ。そして私はこのことが彼の名状しがたい面白さを生み出していると考える。たとえば、最強の戦士が集まるバトルロワイヤル。剣術に長けた者や腕力が凄まじい者など数多の猛者が肩を並べる中、1人初期装備の人間がいたらどうだろう。もしその人が自分の装備の弱さを引け目に感じ怯えていたら心配になってしまうかもしれない。逆に弱い装備にも拘わらず身の程を知らずに勇んでいたら、見ていて痛々しいと思ってしまうだろう。しかし、全く怖気付かず、逆にやる気に満ち溢れている訳でもなく、当然のようにそこに存在していたら、思わず笑ってしまうのではないだろうか。ここで重要なのはあくまで初期装備であることだ。初期装備よりも使えないボロボロの装備だったら、心配や痛々しさを感じたり、あるいは逆張りでスベっている感じが出てしまう。ちゃんと使えるがグレードアップはしていない初期装備で飄々としているのが1番面白い。芸能界における石橋はまさにこの状況にある。特徴は無いがそれに関する必死さも無く、何も出来ない訳でもない彼が当たり前のようにテレビに出て、その上ボケることもなく普通の発言をしている。この状況が面白くない訳がないのだ。四千頭身の石橋という男は、特筆すべきような個性が無いが個性を得ようともしなかった結果「無個性」という最強の個性を手に入れた、個性的であることが当たり前の芸能界における稀有な存在なのだ。

ラジオやYouTubeなどで四千頭身の話を聞いていると、どうやら石橋の今後の身の振り方は3人にとって大きな悩みとなっているようだ。新たにキャラをつけようかという話もあるみたいだが、私は石橋はこのまま「無個性」であり続けるべきだと思う。確かに、今のポジションを保ち続けることは不可能であろうし、考え無しの現状維持は衰退と同義だ。しかし今彼が何かしらのキャラを獲得することは、同時に彼の最大の個性を失うことでもある。それはあまりにも惜しい。不安かもしれないがしばらくは今まで通りの活躍を続けて、もし新たな若手に今のポジションを取って代わられそうになったら、その時は演技に挑戦するのが良いのではないかと思う。すぐにこういうことを言うのは役者さん達に失礼なのは分かっているが、彼ほどどこにでもいそうな人が同年代の人間の等身大の悩みを演じたら、きっと同じ悩みを抱えた人の心を打つんじゃないだろうかと思うのだ。それだけ彼の「無個性」には価値があると私は信じている。この記事が本人に届くことはないだろうが、「無個性」であることが彼にとって最強の武器であり続けることを心の底から願っている。

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