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Heavy and Inert

人間でいることは時に苦痛だ。

血の繋がりだとかいう厄介事を生まれ持って強いられる。

他人は気もつかってくれるし、ある程度の必要な嘘もついてくれる。
血縁とかいうだけの根拠のない信頼関係より
他人の方がまだ信用できる。

とはいえ、
信用ってのは全幅のとかいう重い意味じゃない。
他人との信頼関係なんで、結局のところ
互いの利益に基づいたところから発生するもので分かり易い。
そう割り切れるのも他人だからこそ。

不利益を被るのがわかっていても切れない関係なんて・・・ごめんだ。



ブライアン・Jが勤める会社のオフィスが入るビルは
"この街では"一番の高さを誇る・・・が
高さ自体は特別でもない、よくあるビルのひとつだ。

彼は今、そのビルの屋上に一人、ビール1本片手に
冷やっと夜風が吹く中、ジャケットも着ずに上がって来た。

オフィスビルが立ち並ぶ景色からは、明かりがひとつ、またひとつ消え、
見下ろした道路を行き交う車の喧騒がかすかに聞こえる程度の静けさだ。

ブライアンの腰上程の高さの塀にビールを置き、背を向けもたれ座る。
そして星も何も見えない空を見上げ、深く息を漏らす。

今朝、オフィスにかかってきた一本の電話が、
ブライアンをこの空を覆う分厚い黒雲のような気分にさせている。

電話の相手はそう、不利益でも切れない関係の相手だった。

もう長いこと実家には帰っていない。
転職をし、アパートも引っ越した。
連絡も絶っていたのに、どうやって職場の連絡先を知ったかわからないが
「帰って来い」だの「今までかけてやった金を返せ」だのと、
身を案じる言葉は一切なく、まくし立てられた。

電話を受けている私を見る周りの様子にいたたまれなくなり、
話の途中で強引に切ったものの、今日一日そのせいでずっと肩身が狭かった。
あの調子じゃ、会社に乗り込んでくる来るかもしれない。
どうにかしないと・・・

どうにか?一体どうやって?
金を渡すか?それが嫌で逃げ出したのに?


以前、実家もある小さな町工場で勤めていた頃は
働いても働いても金を無心され、自分の手元には生活ギリギリのごくわずかしか残らなかった。
それでもなんとかヘソクリを隠し、黙って仕事を辞め引っ越した。

そこから今の職に就くまでは、しばらく日雇いで転々として食いつなぎ、
この街にやって来て働いていたアルバイト先の飲食店に
たまたま食事に来ていた今の会社の人と知り合い、
元々、肉体労働より数字を扱うのに自信があった私は
うまく仕事に就くチャンスを得たのだ。

そこからは順調に、そう、順調だった筈だ。

仕事の方は問題なくこなしていたし、少し体に異変は感じることもあったが
この前受けた健康診断の結果に異常は見当たらなかった。

やっと自分の人生を手に入れた、

そう感じていたところなのに。
嗚呼・・・また逃げるか?

でもまさか見つかると思っていなかったのに今、
彼らは再び私を捕えようとしている。

逃げたって、同じなのかもしれない。

どうあがいても切りようのない糸、
いや縄が自分の首をどんどん絞めていくように息が苦しくなった。
言いようもない、絶望感が襲う。

塀に背を向けたまま腕の力で塀の上に座り、
置いてあったビールを開け勢いよく口へ流し込む。

体をひねり下の道路を見下ろした。
行き交う車はまばらになって、黒い道路がまるで深い深い海の様に見えた。

ビールを横に置き、座ったまま足を塀の外側へ投げ出し体の向きを変えた。
足下に広がるのは海、、いや私には沼かもしれない。
そちらの方が浮きあがって来なくていいかもな・・・

「あ!」

手が当たりビール瓶が下の歩道へ落下し、遠くの方で小さくガラスが割れる音が聞こえた。
時間も遅い。通行人がいなくて良かった。

・・・誰もいない、か。

こうして自分がこの世の終わりかのような気持ちになっていても
誰も気づくことはない。

誰も救い出してもくれない。
私がここで死んだって、誰も・・・


ピーーーーーーーーーーーーッ


突然、電子音が大きく鳴り響く。

頭が割れそうだ、

咄嗟に耳を塞ごうとした、その時

バランスを崩す―



一瞬の出来事だった。

私はどうやら、ビール瓶と同じ場所へ落ちたらしい。

体になんの痛みもない。

どういう状態になってるかもわからないが
視野だけはまだ機能している・・・?

目の前に赤いものがチカチカしている。
血が目に入って滲んでいるのか・・・?

いや、どうやら違う。

点滅をしているのは―、、警告を知らせる表示だ。

一体、これは・・・

プツッ―

目の前が真っ暗になった。
深い深い、黒い海の底へ落ちたようだ。

何も聞こえない、本当の静寂・・・いや無音だ。

冷たい、寒い、息苦しい、そんな感覚は一切ない。

ああ、なんて穏やかな気持ちだろうか・・・


本当は、そんな気持ちかどうか、わからない。

これでわたしはかいほうされたのか

シズカニネムリタイ・・・

――ピピッ


何かの電子音だけが聞こえた。


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